(16)メニールの兄様達
「それはどういうこと…?!」
「呪いが解ける、のか?!」
今にも翡翠に襲い掛かっていきそうな二人を止めて、メニールは翡翠に目を向け、先を促した。
「クリスタル家の呪い…作用が聞いたことのあるものだったので、ちょっと考えていたのですが…思い出したらとても簡単に解けるものでした。」
「その方法は?」
王は緊張した面持ちで翡翠に聞いた。
「多分どこかに血を捧げるための陣があると思うので、それを木っ端み……消せば良いのです。」
「あら、簡単ね。」
「ですが、探すのがとても難しいと思います。何しろ契約者が呪った者の血を垂らさなければ見えませんから。」
全員が息を飲んだ。
つまり、メニールの血が必要不可欠なのだ。
「あの…。」
メニールが遠慮がちに小さく手を挙げた。
「私の血は宝石になってしまうので、多分近付けるだけで良いと思います。それなら、無駄に血液を採らなくてすむと思いますが…。」
「成る程。だからクリスタル家はメニールの血を宝石にするようにも呪いを掛けたのか。」
翡翠は納得したのか一つ頷くと、懐から小さな小物入れを出した。メニール達が不思議がって首を傾げると、小物入れを開けた。
「失礼ながら、先程の宝石をこっそり取っておきました。」
にっこりと良い笑顔の翡翠にあっけにとられながらも、良い仕事をしたと翡翠を称賛する王達と、顔をひきつらせるメニールであった。
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「……見つけました!ついでに微塵ぎ…完全に消しましたよ!」
「よくやってくれた。翡翠、ありがとう。」
結局、翡翠がメニールの血でできた宝石を使い、クリスタル家の秘術は消された。
しかし確認するには血液が宝石にならないかどうかで確めないと分からない。
「私がつくったあの宝石でないと、宝石にならないの。あの宝石も残っているでしょう?」
針で少しだけ血を出そうとした翡翠はメニールのその言葉に、文字通り固まった。
「残っては、いますが、」
「…敬語。」
「残っているけど…君が傷付くのは嫌だ。というか、針だけでもいやなのに…。」
「確かに血は出るし、傷にはなるけれど、傷は残らない魔法の掛かった宝石だから大丈夫よ?」
「……。」
「…私がやった方が良いわね。」
翡翠が動かないのに焦れたメニールは、勢い良く腕を鋭く尖った宝石で斬った。
「っ……あ、結構深く斬っちゃった。」
「?!!し、止血っ!」
一応、横には手当てのための道具があり、素早く翡翠はメニールの腕を手当てした。
その間、1分。
「ありがとう。」
「……僕は怒ったからね。自分を傷付けるなんて…。」
そっぽを向いてしまった翡翠に苦笑するメニール。しかし、そんなことで翡翠は許さなかった。
「…ごめんなさい。」
「分かって言っているの?僕は君が傷付くためにやろうとしたつもりじゃなかった。君が傷付くぐらいなら、と思って……」
「うん…。分かっているわ。翡翠、ありがとう。」
ありがとう、と微笑んだメニールに…
「っ……!………っなんだかなぁ…。」
ふいを突かれて力が抜けた翡翠はぐったりと崩れた。
「?大丈夫…?」
「…色々と大丈夫とは言えない。」
手で顔を覆った隙間から見える肌は、赤く染まっている。
「熱でもあるの?」
「いや…君が…」
「私が?」
「!あーもうっ!なんでもないよ!!」
「?」
変なところで鈍いメニールにたじたじの翡翠であった。
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あれから数日後のある日。
メニールは城で翡翠と話しをしていた。
「…学園って、どうなっているか分かる?」
「うん?ベリーさんとフリームさんが代替わりで仕事しているみたいだよ。さすがだね。」
「当たり前よ。二人は従姉妹同士だからか息を合わせるのが上手くて、作業は下手すると私よりも処理速度は早いわ。」
「自慢の友人だね。」
「ええ。お互いの良いところ悪いところを補って、とても良いペアの二人よ。」
メニールの穏やかな様子に翡翠は思わず笑みをこぼした。
「学園…また行けるようになるかしら。」
「それは陛下に聞くしかないよね。やっと会えた愛娘だから、早く御披露目したいと思う。多分、近々家庭教師が付くと思うよ。王家の歴史や貴族のこと…色々学ぶことがあるだろうしね。」
「そのことだけど私、家庭教師は……」
メニールが話そうとした時だった。走って来るような足音が近いたと思ったら、扉が勢い良く開いた。
「ルピナスっ!」
「俺の愛しの妹っ!!」
「僕達の、ね。…会いたかったよ!僕の花嫁!」
「……兄さん、後半のセリフは着聞き捨てならないよ。_お帰りルピナス。」
「………(不法侵入者、だ)。」
放心状態のメニールは、何も言えずにただ呆けていた。目の前にはこちらを歓喜極まった顔で見てくる四人がいる。
「…王子様方、いきなり来ないでください。侍女達もこちらも困るでしょう。」
「「「「すまない(ね)……。」」」」
「王子様…?ということは、私のお兄様?」
平常心を取り戻したメニールは、再度四人の男達を見た。
「そうだよ。私は ダイヤモンド・カランコエ。長男であり王太子だ。」
銀色の髪に新緑の瞳、優しそうな風貌だ。
「俺は スピネル・ラナンキュラス。次男だ。」
真っ赤な炎のような髪に意思を強く持った赤い瞳、力強そうなところが印象的だ。
「僕は シトリン・アルストロメリア。三男だよ。本当に会いたかった。ルピナス。」
黄金の髪に焦げ茶色の瞳、黙っていればライオンのようでカッコいいのに、語尾の後にウインクをする様子はとても軽薄そうだ。
「兄さん、また一言余計だよ。…ボクは クリソベリル・ジニア。四男。」
発光しそうな色合いの緑の髪に深い緑色の瞳、その色は誰かを思い起こさせるものだった。
「…えぇっと…?」
メニールは名乗りたかったものの、メニールは本当の名前でなかったと知ってから、ルピナスと言って良いのか何なのか分からなくなっていた。
翡翠はそれを察したようで、王子達に話し掛けた。
「王子様方、さぼりはいけません。
カランコエ様、執務は?
ラナンキュラス様、鍛練は?
アルストロメリア様、視察の報告は?
ジニア様、研究は?」
「「「…。すぐに終わらせて来ます。」」」
「ボクはもう終わらせて来ました。」
「じゃあ、ジニア様は残っていましょうか。他の皆様は夕食でお会いしましょう。」
そう言って、翡翠はいい笑顔で三人を追い出し、扉を閉めた。
「さて、ジニア様はこちらへどうぞ。」
「ありがとう。…改めて、ルピナス。君の一番下の兄になるジニアだよ。ジニア兄様と呼んでくれると嬉しいな。」
にこりと笑った顔はやはり_
「キース、様…?」
「…やっぱり似ている、か。」
眉を下げて困ったように笑うジニアに、はっとしてメニールは頭をさげた。
「っごめんなさい。ジニア…兄、様…。」
「いいよ。」
頭を上げて、とジニアが頭を撫でる。
「ルピナス。本当にルピナスだ。」
「…。」
「…まだ慣れない、か。」
メニールはルピナスという名前にまだ戸惑っていた。
実の両親から贈られた名前だと思うと、嬉しい気持ちが溢れて止まないが、メニール、という愛称には沢山の思い出が詰まっていて、中々忘れられないのだ。
「ルピナス。今日の夕食では王家…つまり家族全員が集まるんだ。それまでにルピナスという名前は自分だと反応できると良いかな。」
「はい。…あ。」
「どうしました?」
蚊帳の外だった翡翠が口を開いた。しかし、それにメニールはぎっと睨んだ。
「翡翠。敬語はいらないと言っているでしょう?」
「…君は王家の人間なんで…なんだよ。」
「それでも、翡翠には気軽に接してほしいの。」
翡翠は不満そうだったが、諦めたらしく溜め息を吐いてあらためてメニールに先程のことを聞いた。
「それで、どうしたの?」
「私、自分のフルネームを知らないわ。」
「…(そういえば)。」
「…(ボクも知らない)。」
「…(二人も知らないのね)。」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。