(15)家族の絆
少々長めです。
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「ルピナス…っ!あぁ、本当に…!」
メニールを歓喜極まったように抱き締めた王妃に、メニールは体を強張らせた。
「…(私が、本当にルピナス姫なの?)。」
確かな確証なんてない。だって、王妃とルピナスが会ったのは、生後数時間だけなのだから_。
「王妃、様…。私は…」
「お母様と呼んで?ルピナス…」
「……いいえ。私が本当にルピナス姫だと分かるまで、私は王妃様方のことは敬うべき方達だと…申し訳ありません。」
王妃はメニールをはっとして見ると、体を離して席に戻った。
「ごめんなさい…。そうよね、まだ分からないもの。」
「いえ、両親が私の本当の両親なら…王妃様を母と呼んで期待はさせられません。」
ルピナス、と言われた時、メニールは泣きそうになってしまった。王妃が自分の母なのだと、錯覚してしまった。けれど、自分は_。
コン コン コンッ
「王妃様。よろしいでしょうか。」
「…何かしら。」
「お客様がいらっしゃっています。」
それは王妃の侍女の声だったが、客の話は聞いていない。メニールは王妃と顔を合わせると、念のためにヴェールを被った。
「名は何と。」
「翡翠…様と。」
「!通して。私のお客様よ。」
「はい。かしこまりました。」
侍女の足音が遠く離れ、しばらくするとまたノックがされた。
「失礼します。翡翠です。」
「どうぞ。」
扉を開けて入って来た翡翠は、シンプルなシャツとズボン、そして翡翠の名前に似合う緑色の美しいマントを羽織っていた。
実に10日ぶりだ。メニールは先程の話であったことを思い出しそうになり、あわてて考えないように軽く頭を振った。
「お久しぶりです。王妃様。」
「…用件は何?会いたくて来たわけではないのでしょう。」
「冷たいなぁ…。王妃様、そんなに睨まないでくださいよ。」
キースとのことで、気まずくなっていた翡翠は昔のように王妃 と接している。その様子にメニールは微笑んだ。
「…陛下からのお呼び出しです。」
「あら、速かったわね。」
あまり驚いていないようだが、王妃はそういう素振りをしている。それに気付いているだろう、翡翠はこてりと首を傾げてみせた。
「分かっているでしょうに。お人が悪いですよ。」
王妃はくすくすと笑いながら立ち上がった。メニールも王妃について行く。
「メニール、いきなりだとは思うけれど、覚悟はしておいたほうが良いのは確かだわ。」
「はい。王妃様。」
メニールの返事に少し眉を下げながら、王妃は翡翠の案内する扉に歩いて行った。多分、"王妃様"というのに淋しさを感じたのだろう。メニールはそう考えながら申し訳ないような、嬉しいような……悔しいような…複雑な心だった。
「着いたよ?」
「……え?あ、…。」
ぼうっとしていたメニールの目の前に翡翠の顔があって、驚いた。その様子に王妃は微笑みながら扉を開ける。
「いらっしゃい。王妃、翡翠、そしてメニール。」
声を掛けたのはもちろん王だ。そして_
「…おくっ……母っ………。」
扉に背を向けるように長椅子に座っているのは、メニールの両親だった。王は長机を挟んだ向こう側の長椅子に座っている。
王妃と翡翠は王を挟むようにして座り、メニールはどちらに座るかと迷っていると…
「メニー、何をうろついているのです。早くここに座りなさい。」
「っ…はい。」
ここ、と母に指された場所は両親の間だった。
メニールが座ったところで、王が口を開く。
「さて、ダイヤモンド殿…先程、私が話したことをもう一度確認する。_あなた達は、裏の商売で宝石を売りさばいているね?…あぁもちろん、言い訳出来ないようにきっちりと証拠も沢山あるから。」
「「……っ!」」
体を強張らせる両親にメニールは唇を強く噛む。
「……(翡翠が言った通り、だった)。」
翡翠のことが信じられないとかではなかった。けれど、それが嘘であってほしいと信じたかったのは、やはり自身の親だからだ。
「まぁ、それは後程処分を下す。本題が終わったわけではない。」
口は笑っていたが、王の瞳は冷たい何かを宿している。それは王妃も同様だ。
「…発言を許してもらっても良いですか。」
「……許す。」
重い空気の中、口を開いたのはメニールの父だった。
「何故ここにメニーがいるのですか?こいつは躾もなってない不作法者です。とても陛下の御前に出せません…。」
「っ!どの口が言えますか!?メニールはどの女性よりも美しい所作です!あなた達の目は腐っているのですか?!」
「…やめなさい。お前がそこまで言っても、こやつらの心にはちっとも届くことなどない。根本から削ぎ落とさない限り無理に近い。」
王妃があまりの怒りに立ち上がったが、それを王が片手で征する。そして、口を重々しく開いた。
「その子は…クリスタル・紫・ダイヤモンド・メニーは、本当にダイヤモンド家の娘か。」
「…?何をおっしゃるかと思えば…メニーはダイヤモンド家の娘ですよ。」
「なら…何故ヴェールを取らせないのですか?これは不作法にあたること…。何故叱らないのですか。」
今まで黙っていた翡翠が口を開く。
「あ…、こ、これは…っ!」
明らかに動揺した。それを、指摘した翡翠は見逃すはずなかった。
「瞳の色は…血が繋がったこの世に存命している、2等親までの瞳の色を受け継ぐというのを知っていますか?」
「っ…!?」
「2等親まで…つまり、両親、祖父母、兄弟姉妹……。」
翡翠はこう言う。
王家から子供を盗むまではうまくいった。しかし、誤算が起きてしまったのだ。それが、メニールの瞳の色。
「陛下の瞳の色はとても珍しく、この世にふたつと同じ色はない。…だからヴェールを被せること、鏡を見ないことを強制したのではないですか。」
「な、何が言いたいのですか…?!」
翡翠は一瞬笑顔になると、メニールの両親を無表情で見下ろした。
「分からないのですか?…残念です。まぁ良いでしょう。なら、ヴェールを取らせてください。それで全てが分かります。」
「!!!?」
見事に表情を固まらせる二人に、翡翠はうっすらと寒気がするほど綺麗に微笑む。もう、逃げることなど出来ないだろう。
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「っ…!そうよっ!」
「認めるんですね。」
翡翠の言葉にメニールの母だった人は頷く。
その隣で、俯くメニール。
「この子は、私達の子供ではないわ。だって…」
「っ……。」
メニールはヴェールを髪ごとわしづかみにされ、顔をしかめながらも抵抗もせずにヴェールを乱暴に外された。
「こんな醜い子供が、私の子供であるはずないわっ!」
「っ!貴様、この期に及んで私の娘を侮辱するか…!?」
王は怒りのあまり立ち上がった。メニールの母はそれに怯む様子もなく王を睨んだ。そして…
「…けれど、あなた達の子供でもないわ。」
勝ち誇ったかのように微笑んだ。
王も王妃も翡翠さえも、それに目を見開いた。
「正確に言うと、あなた達の子供でなくなったのよ。」
「どういう…こと、だ。」
王の反応に満足したのかクスクスと笑うメニールの母は、とても不気味に見える。
そんな横で、ヴェールを外され素顔を曝されたメニールは一人、静かに座っていた。
「メニー、腕を出しなさい?あと、あれも出して。分かるでしょう?」
「…は、い。」
メニールはそう言って真っ白な腕をさらけ出し、鋭く尖った透明な石をつくった。
「早く寄越しなさい。」
メニールの母は石を右手で奪い、メニールの腕を左手で掴み、王に見せつけるようにする。
これから何が起こるのか…メニールはそれを知っているのか顔が真っ青だ。
「これが…っ証拠よ!」
「っ……。」
白魚のような腕に、鋭い石が___突き刺さる。
「メニールっ!!!」
「いやぁっ!!!」
「よく見なさいっ!この、穢れた血をっ。」
様々な悲鳴が上がる中メニールの母はぐいっとメニールの腕を見せる。
腕に突き刺さる石の根元には、紅い血が__流れていなかった。正確に言うと血ではなく、紅い宝石が血の変わりのようにへばり付いている。
血が止まらないように、紅い宝石がポタポタと雫になって落ちていく。
「…ダイヤモンド家の秘術、と言えば分かりますか。」
今まで黙っていたメニールの父が口を開き、そんなことを言う。メニールとメニールの母以外が、その言葉に目を剥く。
「呪いに近いものです。ダイヤモンド家は、それに秀でている。」
「…何故、それを君が知っている?入り婿だろう。」
ダイヤモンド家の跡継ぎはメニールの母だけだったために、入り婿となった。
今でもダイヤモンド家の指揮はメニールの母が取っている。ならば、ダイヤモンド家の秘術は知るはずない。
「それは、私の夫は腹違いの兄だからよ。」
「…っな……!」
「……。」
その爆弾情報に、誰しも声が出なかった。
「でも、私の方が血筋は上よ。夫の母は庶民で、私達の父が亡くなった後に私が見つけたのよ。」
「どちらの利害も一致していたから、結婚しました。」
王達3人は黙ったままだ。しかし、メニールの両親2人は勝手にぺらぺらと話を進める。
2人が言うには、ダイヤモンド家は先祖代々から王家に何かしらの恨みがあり、メニールの母もそうだったようで、協力者を探していたところに腹違いの兄が見つかったそうだ。
メニールの母は王家への恨みを。父はダイヤモンド家へ復讐を。
協力的な夫が欲しかった。ダイヤモンド家、存続のための跡継ぎを消したかった。
「合理的よね。」
「っ…だからといって、まだ産まれてまもない赤ん坊を巻き込むなんて!」
我慢ならないといった様子の王妃に、メニールの母は冷たく笑う。
「そうね。でも、王家に産まれてきたのが運のつき。産まれて来なければなにもなかったわ。」
「っ……。」
“産まれて来なければ”その言葉は、メニールの胸に深く突き刺さった。
「ダイヤモンド家の秘術…それは、宝石をつくる才能を開花させるものです。生け贄として、ダイヤモンド家の血が大量に必要だったのですがね。現にメニーは自身の宝石以外も難なくつくることができている。」
「っ!この者達を引っ捕らえよ!」
扉の外に待機させていたのだろう。兵達がメニールの両親を連れて行った。
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扉が閉まると、とても静かな静寂が訪れる。王と王妃は怒りに何も言えず、翡翠はただ黙っていた。
「…私は、ただただ認めてもらいたかった。」
「っ!」
メニールの呟きに鋭く反応したのは、翡翠だ。しかしメニールは翡翠に目を向けることなくどこか空を見た。
「自慢の娘として…、ダイヤモンド家の跡継ぎとして…。何でも良かったから、褒めて欲しかった。」
けれど…
「けれど、私はダイヤモンド家の人間ではなかった。やっと見つけた本当の家族に顔向けできない身体になってしまった。」
「っメニール…いいえ、ルピナス…あなたは私達のかわいい娘よ。」
「そうだ。どんな形であれ、メニールは私達の大切な娘であり大事な姫だ。」
王と王妃の言葉はメニールを深く愛しているということがしっかり分かる。
それを感じ取ったメニールの目には、涙がうっすら浮かび上がっていた。
「さぁ、ルピナス?」
「おいで。ルピナス。」
「っ……お父様っ…お母様…っ。」
「「ルピナス!!」」
メニールが二人に飛び付くように抱きついた。二人もそれをしっかりと受け止め、抱き締めた。
再開を、喜ぶかのように。
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「ダイヤモンド家の呪いをどうにかしなければいけないな…。」
「呪いじゃなくて、秘術だと…」
あの後、落ち着いた3人はゆったりと緊張を解き、家族団らんで仲良く長椅子に腰掛けている。
「解けますよ?呪い。」
「「…?!!」」
声の先には、今まで蚊帳の外だった翡翠がいつの間にか近くに佇んでいた。
ルピナスの花言葉
『想像力』『貪欲』『あなたは私の安らぎ』
『いつも幸せ』
様々な色がありますが、紫色のルピナスはメニールの髪色のイメージにぴったりの色合いです。白に紫が所々入っているのが私のイメージです。