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八月の魔女  作者: かなた
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一日目:群青回廊記

あなたは覚えていますか?

我々は世界と云う名の箱庭の中で作者と云う神に投げつけられた(リドル)を糧とし、生きる。そう言う生き物なのだ。誰かが言った言葉だ。誰かは忘れた。あれ、誰だっけ?

もしかしたら誰も言ってないかもしれない。そうだとしたら私が言ったことにしよう。そんな事を考えながら流れる窓の外を眺める。(よわい)十七の少女。

ここは福塩線の電車の中、窓の外には山、田圃(たんぼ)、田圃、山、ちょっと民家っと言った具合に、退屈の極みであった。それでも少女はやむ無く窓の外を眺める。理由は大した事ではない。電車内がそれ以上に退屈なのだ。

退屈しのぎに買ったはずのヘッセの『ガラス玉演戯(だまえんぎ)』が思ったよりも難しく、10ページと続かず(しおり)を挟んでしまった。さらに、平日にしかもこんな田舎へ向かうからだろうか、夏休みなのに乗客はなんと私一人だった。だからやむ無く窓の外を眺める。


「次は〜戸上〜戸上〜お出口は〜……」


車掌のアナウンスで立ち上がりやがて扉が開くと、さっと駆け下り切符を探す。この物語は、そんな少女、夕日(ゆうひ)(あおい)の四日間旅行記である。









ーあの子の匂いがする。


ーーあの子がまた来てくれた!!


ーーー私のこと覚えてるかな……?


ーーーーきっと、、、ーーー




空は炯炯(けいけい)と輝く太陽が青空と雲のコントラストをより一層際立たせていた。そんな炎天下と町々のカゲロウに目を掠めながら、辿々しい足取りで日陰を歩く。不意に自販機をみつけたので駆け寄ってみるが清涼飲料の少なさに愕然(がくぜん)としてそれでも喉の渇きを潤すべく、取り敢えずコーラを買って喉を(うるお)す。


「太るかなぁ……」


一人でボヤいて一人で笑う。世界は私を残してあっけらかんとして夏休みを謳歌するように馳けまわる子供達の高声と、どこからともなく聞こえてくる豆腐屋のあの気の抜けるような音がどこか心地よい。荒物屋の角の古びた街灯を廻る夏風に少し暑すぎだよ……と項垂れる、そんな平日の譚。

半歩進んで後ろを見渡すと軒先を揃える商店の街路は、静寂と幽玄とに彩られている。まるで自分が、異国から来た異邦人になった。そんな気さえした。それ程までに東京育ちの彼女にとって新鮮な『非日常』がそこにあった。

国道へ繋がる路地を抜け、横断歩道をリズムよく渡ると古びた桁橋があった事をうっすら記憶している。というのも、この町を訪れるのはこれで二度目で、一度目は十年前、七歳の時家族と訪れている為、ほとんど夢のようにぼやけた記憶となっていた。

やはり桁橋はあったが、橋は綺麗に作り直されており何故か少し寂しくなった。畷を歩きながら街を見れば空は高く飛行機雲飛び交い夏風の疾る真昼時。


「そろそろ着くかな……」


と呟いて、少しマセたように帽子を被る。少女がこの町を訪れたのは他でもない、祖母の家でアルバイトをする為だ。夏野菜の収穫期と田の世話を手伝いに行くという事になっている。

田圃(たんぼ)に面した緩い勾配(こうばい)を登って行くと記憶の中で見た祖母の家を見つけた。蔦に飾られた煉瓦(レンガ)の塀と門を潜り草花の彩る庭道を真っ直ぐ進むと、小さな畑と森に面した庭があった。情緒豊かな風景に、自然と足取りも軽くなる。玄関の扉を叩くが返答はない。何度か試して返答が無かったので、ドアノブを廻すと鍵は開いていた。

なんて不用心な……ここら一帯は恐らく人すら殆ど訪れないような所だし、不用心になるのもなんとなくわかるけど……そんな事を考えながら、蒼は家の中へ入ると上がり(かまち)を始め柱と(ふすま)で仕切られた侘びと寂びと、あと多少の生活感で彩られた世界がそこには広がっていた。

靴を脱いで上がってみると吹き抜けてくる風に気がつく。なるほど、縁側が吹きさらしになっているのだ。縁側から入ってくる風が回廊を廻り家中を吹き抜けているのか……

蒼は日本建築の周密さに心酔していると自分が縁側まで来ていることに気づく。祖母は何処だろう……?

縁側に面した茶の間の大きめの卓袱台(ちゃぶだい)に一枚の手紙が添えてある事に気づく。




ー。拝啓、アオイちゃんへ。

ようこそおいでくださいました。

突然なのですが、古い友人の危篤とのことで急に家を留守にしなければならなくなりました。

その為、せっかく来てくれたのに収穫の手伝(てご)うが出来なくなりました。

しかし、突然なにもないから帰れ。と言われても納得いかないでしょう。

だから、前から約束してた四日間の間、クロの世話をしてやってください。

朝の散歩は…………。






最後に、、本当にごめんね。

帰ったらちゃんとお代は払うからね。

家にあるものは好きに扱ってください。



ばぁばより。


かしこ。ーーー



クロは祖母の家で買っている柴犬のことだ。今も縁側の陰で怠そうに転がっている。つまるところ、私はこの田舎に犬のエサをやりに来たのか。

そう感じると急に身体の力が抜け畳に仰向けに倒れた。木張りの天井に四角い傘の電球が無機質にゆっくり揺れている。視界がボヤける。


夢でも見ているようだ……


縁側の向こう……


小さな花園で戯れる女の子が……


あれは……誰……?


夢、、、?


あぁ、眠いのか、、。














目が覚めたのはクロが私の顔を舐めまわし散歩の催促をする頃。午後六時前のことであった。先程の奇妙な夢が気がかりではあったが重たい体躯をやっとの思いで起こし柱に引っ掛けてあるリードを外し、クロと共に散歩に出かける。勿論、施錠はした。

夕刻、大禍時(おおまがどき)の空色は赤黒い血のようで畦から森にかけての一帯を朱色に染め上げる。風景画のような風景に思わず見とれてしまう。そんな事はお構い無しに進むクロに散歩の主導権を握られ、否応無(いやおうな)しについていく。

田圃から森への入り口辺りに差し掛かった頃のことだ。(なわて)の隅で佇む少女を私の見つけた。

と同時に言葉を失った。それは先程まで夢だと思っていた庭園で戯れていた少女に瓜二つなのだ。ここで蒼の頭の中に様々な思考が飛び交う。


何故、祖母の庭園にいたのか……?


あそこで何をしていたのか……?


もしかしたら、祖母と知り合いなのか……?


兎にも角にも、挨拶くらいはしなければ。そのついでに聞けばいい。そんな心持ちだった。


「こ、こんにちは……。」


ぎこちない挨拶を交わす。少女は振り返り蒼を見ると少し驚いたような素振りをしゆっくりと立ち上がり

「……久しぶり……」


っと返してきた。一瞬ぎょっとした。知り合いだったか……?しかし、蒼は一度しかこの町を訪れたことがない。それも十年以上も前の話だ。そんな昔の話、仮にあっていたとしても覚えているはずはない。きっと彼女の人違いだ、、、。そう心に念じ、こう切り返した。


「もしかして人違いじゃないですか?私はこの町に来たのはこれが二度目だし、それも十年以上も前のこと。もし会っていたことがあるのなら、本当にごめんなさい、覚えてないの……。」


蒼はゆっくり頭を下げる。少女はハッとしたような表情をし、暫く考えるような素振りをすると、ゆっくり口を開く。


「そっか……、じゃあ初めましてだね……。」


その声は何処か寂しそうだった。そう言うと少女はゆっくり近づきながら尋ねる。


「あなた、どうしてこの町に来たの?」


「祖母の手伝いで来たんだけど、予定が変わって……」


と蒼は返す。そして、思い出した様に切り出す。


「そう言えば、、あなたさっきウチの庭にいなかった……?」


「庭……?」

少女は首を傾げる。


「うん、庭っていうか、森に面した小さい花畑みたいな……」

そう言うと少女は思い出した様に


「あぁ……!あの素敵な花園、あなたの庭だったの……?ごめんなさい、森から降ったら素敵な花が沢山いたから思わず寄っちゃった……本当にごめんなさい……。」


少女は(おもむろ)に頭を下げる


「そんな⁉︎全然いいよ!いいよ!頭なんか下げなくて、私もうっすら覚えていたから確かめたかっただけだし……!(そもそも、私の庭じゃないしね!)」


そう言うと、少女はホッとしたように顔を上げて


「じゃあ、明日も行っていい……?」


と尋ねる。


「もちろん!あっ、私、夕日蒼ね!」


蒼は少女に手を差し出す。


「私、ムラサキ。」


少し顔を綻ばせ蒼と握手を交わす。




午後六時過ぎ、二人の少女の出会いを

(まだ終わらんのか?)って顔で気怠(けだる)げに眺めているクロ。











蒼はこの時気づいていなかったが、この時、ポケットに入れていたケータイの画面には”巨大台風接近中”のニュースメールが届いていた。


ご閲覧ありがとうございました!

文学フリマ短編賞参加作品です!

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