蜂蜜少女眩惑館
夢なのか現実なのか。異世界なのか、いつの時代なのかも不明。
強いて言えば、書きたかったのは「耽美な世界」そのものです。
薔薇の月夜。影絵の庭園。
赤白黄色の薔薇と石楠花が咲き、揚羽蝶のひらひら舞う秘密の花園で。
白いテーブルクロスの上で、淡い栗色の髪の少女、蜜香は裸になりティーカップのお風呂に浸かっていた。見回せば、周りを囲む花瓶も銀の食器セットも、全てが自分より大きい。
まるで、小人になってしまったかのよう。
蜜を入れた甘い芳香の紅茶に産まれたままの肢体を沈めながら、首を傾げる。
「ねえ、茉莉花ちゃん。私、夢でも見てるのかしら」
微睡みのような心地。林檎か菫か、甘い蜜の薫りに脳髄を痺れさせながら少女は、その顔を見上げた。
「さあ? 夢かもしれないし、貴女の願望かもしれないわ。でもそんなこと、どうでもよいのでなくて?」
裸の蜜香が浸かったままのティーカップを優雅な仕草で口元に運び、黒髪の少女は微笑む。
月下美人の花のように清楚で艶やか、高貴なカラスの羽毛を思わす麗しい髪に、赤いリボンが映える。
涼やかな目元に悪戯っぽい光を浮かべ、彼女は薔薇色の唇をカップへと。
「や、やだ。私が入ってるのに」
元の大きさのままの少女、茉莉花に、紅茶のお風呂を嚥下されて。外気へ露わにされた白い胸を腕で隠し、蜜香は恥じらう。
「ぬるいわね、この紅茶」
茉莉花の言葉に、お風呂の温度だもの、当然だよと蜜香は頬を膨らませるが。
「でも美味しいわ。貴女の蜜が溶け込んでいるようで」
ああ、これは淫らな夢?
淑やかな顔立ちの茉莉花が妖しく微笑みながら、少女の味を堪能するのを、ティーカップの中から見上げて。蜜香は裸の胸が危うく疼くのを感じ、顔を赤らめ睫毛を伏せた。
※ ※ ※
意味や理屈で過呼吸の貴方へ。さあ、溺れましょう。
「ふふ、蜜香ったらもうとろとろね」
三段重ねのふかふかパンケーキをベッドに、裸のまま蜜香は横たわって。
茉莉花が陶磁器から垂らす黄金の蜂蜜の雨に、全身を濡らされる。
「んっ、甘い……」
指で蜜をひと掬い、しゃぶれば蕩ける甘やかな毒。カラダにぬるぬると絡みつく秘密の液体。
溺れる、蜜に溺れる。夢か現かなど、些細なことは忘れて。
古生代の海底でひっくり返ってもがく三葉虫のように。
「あら、蜜香ったら物欲しそうな顔」
カラダ中蜂蜜に塗れて、蜜香ははしたなくも思う。
もっと、もっと甘いのが欲しい。
茉莉花の白い指先……今の蜜香の全身より大きい……で全身をつつかれ、ずぶずぶと、もっと深いところへ溺れてしまいそうに。
「ねえ、私のも舐めて……?」
妖美に微笑みながら、蜂蜜を乗せた手を広げる茉莉花。
その人差し指へピンクの舌を伸ばしながら、くらくらする頭で。
(甘くてもう、何も考えられない……)
ああ、さよなら理性。官能というカンブリアの海の、底の底まで。惑溺。堕落。
「んふっ……ちゅぷ、じゅぶ……」
一生懸命指を舐めてあげると、茉莉花も黒髪の綺麗な顔立ちを赤らめ、何やら照れているよう。
「あまり音を立てないでくださる? 飢えているみたいよ」
「だって、とても甘くて美味しいのだもの」
まるで蜂の巣を襲う熊。蜜香は自分を止められない。
茉莉花の掌に乗って、獣になって蜜をぺろぺろ。
そう、獣。獣でいい。意味や理由を考える知性を捨てて、感性に身を委ねて。
甘い美の世界は、その先に。
「ねえ、茉莉花ちゃんも味わってみて……?」
少女の掌の上、蕩けた瞳で裸のカラダを開けば。耽美の蜜は、もっと海底へ、禁忌の領域へと絡め取ってくれる。
「貴女ごと、味わってしまうわよ?」
「いいよ、痛くしなければ好きにして」
掛かる吐息、上気した顔が近づく。小人になった裸の蜜香を、大きな舌が。
「んっ……溺れちゃ、う……」
捕食、薔薇の花、耽美。蜜の世界、本能、古生代。
蝶の見る夢、禁忌なまでに甘い麗しの幻想。
水音と喘ぎ声が織り成す、眩惑の交響曲。
意味なんていらない、意味なんて考えない。
ただ溺れていたい。この蜂蜜の海に、秘密の夜に。美しい世界に。
エロティック、魅惑の夢へ。
さあ、溺れましょう。