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彼、彼女らの実力 4


「さすが世界の近衛ね。魔力は桁違いだったわ、それに愛理もクリスも沖も皆強い」

 隣を歩くイリスは表情を変えてはいなかったものの、少しだけ興奮した声音で先の戦闘を語る。


「世界有数の魔法学校だからね。それもそのはずさ」


 梓は歩みを止めることなく、ゆっくりと前に進む。毎日通学のため通っている道だったが、その様子はいつもと違うように梓には感じられた。それはイリスが隣に居るから、ということもあるが、一番は教師にこってり絞られたせいで帰る時間が遅くなってしまったからだった。梓は視線を前方からイリスのほうへ向けると、何か気になることがあったのか少しだけ目を細めた。


「こちらの生活が更に楽しみになったわ」

 梓は楽しそうに話すイリスのさらに奥、店頭に置かれていた巨大ディスプレイを見ながらポツリとつぶやく。


「ああ、そうだね」

 イリスは彼の視線に気が付き自身もそのディスプレイを見つめた。そこにはローゼンクロイツには及ばないものの、世界的に有名な魔法具会社であるオレンジ社が映っている。どうやら彼は超小型のアクセサリー型魔道具のCMに釘づけになっているようだった。


「ああそれね、ローゼンクロイツも同じようなのを開発済みよ」

 イリスの言葉を聞いた梓は首をかしげる。

「開発したのならローゼンクロイツで売りだせばいいんじゃないの? 君のとこから出したという話は聞いたことがないよ」

「少しは売り出しているわ。でもまだ実用的ではないから広告を出すのは控えているのよ。多分オレンジ社も同じ欠点を持っていると思うわ……ほら今映っている連続稼働時間」


「……なるほどね、一日持たないどころか二時間だけしか使用できないんだね」

「そうなのよ。ついでにね、魔力の充填にも時間がかかる。パフォーマンスが悪すぎなの。だから今買うのは危険よ。ゲームの新作ハードを出た瞬間に買うくらいの危険度だわ」


「うんうん、君といい土御門さんといいどうして変なネタ知っているのかな……。まぁ確かに半年で一万円下がった時は泣きそうになったね。今後は少し待つことにするよ」

「この魔具も同じよ。いつか技術革新で品質が良くなるか、コストが下がるはずだわ」


「イリスが言うのならそうなのだろうね」

 そう言いながらディスプレイを見ていた梓だったが、イリスに腕を引かれ視線を外さざるを得なくなる。梓はイリスに振り向くと、彼女は何らかの強い意志を込めた瞳で梓を見つめた。


「梓、そんなものはいいの。それよりもよ……もっと重要なものを買っていないわ」

 梓は真剣なイリスの表情を見て、いぶかしみながらも頭を切り替える。

「重要なものって?」


「今日の晩ご飯よ。スーパーへ行きましょう」

 梓は神妙な顔で頷いた。

「なるほど、それは最重要で最優先事項だね」


 それから二人はスーパーに行き『何を食べるか』と『どちらが作るか』で言い争いし、結局はレストランへ行って夕食を済ませた。ただでさえ『戦闘でいつもより疲れている』状態で『わざわざ面倒な事をすべきか?』と考えてしまうのは仕方のないことだろう。


 だが彼らは気が付いていなかった。すでに面倒な事が起こり始めていることを。


--


「……なんだか監視されている気がするね」

「沖、当り前だと自分は思うよ」

 第三魔法競技場の中央フィールドから出てきた彼らはちらりと教師の方を見る。教師はこれ以上ないぐらいに梓たちを警戒していた。もちろんその目は冷たい。それは以前魔法競技場を凸凹にしたことは無関係ではないはずだった。


「なぁーに。今日は奇跡的に何事もなかったから大丈夫だぜ」

「うん。クリスの言うとおり奇跡的にだけれど。僕と梓君が戦闘をやめてフィールドの防護魔法を唱えたおかげで何とかだよ……それがなかったら前ほどとは行かなくても大変な事になっていただろうね」


 沖は大きくため息を吐く。それを見た梓は苦笑しながら自身のチームメンバーである女子たちを見つめる。梓たちの前方を歩いている彼女たち、そしてクリスは、とても晴れやかな表情であった。それもそうだろう。なぜなら彼女らはただただ思いっきり魔法をぶちかましていたのだから。おっかなびっくり防御魔法を放っていた梓や沖とはちがって。


「全く自分たちの身にもなってくれ」

「だよねぇ」

 そんな彼女たちとは真逆に暗い顔をした沖と梓は二人同時にため息をつく。

 教室へ戻るとイリスは梓の元へ来て弁当を受け取ると、麗華たちと一緒に屋上へ向かっていく。今日は三人でガールズトークでもするのだろうか、梓はそう考えながら自分自身の弁当を持つと、沖とクリスと合流し学食へ向かった。


 学食に付くと弁当持ちである梓は、クリスたちと別れ席を確保する。それから少ししてクリスたちは梓の元へやってきた。

「そういえば知っているか? オレンジ社の日本支店で強盗らしいぜ」


 沖は明太子パスタを飲み込むとへぇと小さく声を出した。


「また魔具の泥棒か。そういえばオレンジ社って最近小型のアクセサリー出していたよね」


「その小型アクセサリーが盗まれたらしいぜ?」

 クリスはスマホを取り出すとニュースページをひらく。そこには先ほど話していた盗難のニュースが表示されていた。


「これね。デザインセンス良いけどすごく高いよ。それに欠点あるし」

 沖はスマホを手に取り画面をちらりと見ると梓に手渡した。


「一個だと二時間しか持たないのは厳しいよね。まぁ大量に持ったなら有用性あるかも、十二個あれば一日もつし」


 梓は受け取ったスマホをスクロールさせ文章を読む。そして小さく顔をしかめた。

「盗まれたのは二百……損害大きそうだね」

「ったく、転売するのも難しそうだし何に使うんだろうな? 俺には分からん!」


 すべてを読み終えた梓は『ふーん』と声を出しクリスにスマホを返す。

「支店への運搬中にゴーレムが襲って来た、……ねぇ?」

「らしいぜ。護衛が居てもおかしくなさそうなんだが。ゴーレムにやられたのか?」


「オレンジ社だよ? 僕が思うに雇うのなら簡単に負けるような護衛は雇わないと思うけどね。雇うならシルバークラスは固いと思うけど」

「ほんじゃま、案外雇ってなかったのかもな」

「かも、ね」


 会話が途切れると三人は食事に集中する。しばらく会話が無かったがクリスが最後のカレーを掬った時に彼は何かを思い出したように話し始めた。

「そういえば、だ。俺はびっくり仰天な情報仕入れてきたぜ」

 梓はご飯を口に運ぶ手を止めクリスの方を見つめる。


「へぇ、どんな情報?」

「アラサー先生の噂さ」

 沖はクリスの後方、たった今席を立ちあがった人を見て少しだけ震えながらクリスに進言する。


「く、クリス。その呼び方やめた方がいいよ。カレン先生と呼ぼう」

「カレン先生……なぁ、だけどさ中身がアラサーだから間違っちゃいねーよ。っておい梓どうした、なんで急に俺を無視する」

 クリスは目線を合わせないようとせずに、ただただ一心不乱にご飯を食べていた梓に声をかける。 


「ど、どど、どちら様ですか? ひ、人違いではないですか?」

「梓君。じゃじゃじゃ、じぁ、そろそろ教室に戻ろうか」


 大きくどもるほど挙動不審になった二人を、不思議そうな表情でクリスは見つめた。

「おいまてって梓、沖に名前呼ばれているぞ。お前明らかに梓じゃねーか。震えまくって二人ともどうし……は?」


 クリスは食器や弁当箱を片づけ始めた二人を制止しようと、立ち上がりかけたところで両肩に手が乗せられた。クリスが視線を肩に向けると、そこには小さくきめ細かい肌をした女性の手が置かれているのが見えた。その小さく綺麗な手は、見た目とは裏腹にかなりの力が込められているようで、クリスは立ち上がる事が出来なかった。


「おい、この手はもしかして、もしかすると、もしかだったり?」


 その小さな手に見覚えのあったクリスは顔面を蒼白にしながらロボットのようにぎこちない動きで後ろを振り返る。


「かっかっかかかカレン先生じゃねぇですかっ! ああ、あのっ今日も可憐だな!」

「わあうれしい、そんなこといってもらえるなんて。せんせいかんげきです。じゃぁそんなくりすくんにはごほうびあげないといけませんねぇ、しょくいんしついきましょうか?」


「せ、先生にはひきつった笑顔なんて似合いませんよ。そそそそ、それと感激しすぎて棒読みになってんぜ。ふぅー! 喜んでもらえたなら俺も言った甲斐が有るってもんだ。じゃ、じゃぁそういうことで」


 そう言って立ち上がろうとするクリスに上から更に圧迫がかかる。こんな小さな手のどこからこんな力が出ているのだろうか、彼女の小さな手はクリスの鍛えている体を完全に抑えつけていた。


「そうは問屋が卸さない、ですよぉ。あと言葉遣いが変ですねぇ。じゃぁ職員室行きましょうかぁ。あ、いやなら人気のないところでもいいですよ。大丈夫です保健室には届けてあげますから」


「そ、そいつは素晴らしいサービスですね。っておい沖、梓逃げるな!」

 肩の力が抜けていくクリスを見つめながら梓と沖は廊下へ出てドアを閉める。


「終わったね」

「うん」


 二人は顔を伏せて小さく黙とうする。


「そ、そうだ次の授業っていっても選択授業だから沖とは別教室だよね」

「うん。僕は魔獣学、梓君は魔法工学だっけ?」

「そういえば見たこと無いけど、銀は沖に憑依できるの?」

「ああ、もちろんできるよ。ただ僕の場合だと銀を宿した所であまり利点はないから基本的には使わないのだけれどね。それだったら二人でコンビネーションした方が強いし」


「なるほどね、だから使っているとこを見たことが無いのか。ちなみに憑依した時に外見は変わるの?」

「少しだけ銀の影響が出るよ。目が鋭くなって、髪が銀色になるみたいだね。愛理に言わせると中途半端だってさ」


「沖はそれぐらいなんだね」

「まぁ憑依での外見影響は人それぞれらしいしね。影響受けやすい人なんかは獣人じゃないのに獣耳けものみみが生えるらしいしね。……けっこう需要あるみたいだけど」


 梓は明後日の方向を向いて遠い目をする。

「ああ、現代は獣人アイドルも多いからね」

「それよりもイリスさんはどっちに行くのかな? やっぱり工学?」

「イリスは工学だって。まぁ実家の商売考えれば当り前なのだけれどね」


 沖はローゼンクロイツの社長令嬢である彼女を思い出しながら、『だよねぇ』と言って頷いた。ローゼンクロイツは魔具だけでなく、機械や電子にも強く電子機器も多数輸出している。また最新科学と魔法を組み合わせた製品にも力を入れており、それを考えれば工学を選ぶのは至極当前の事だった。

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