彼、彼女らの実力 3
梓は杖を突き出し目の前に氷の壁を作り出す。沖の使い魔である狼の銀は自身の鋭利な爪で目の前の壁を大きく引っかく。しかし銀の爪は目の前の壁にヒビを入れることはできたが、壊すまでには至らなかった。
「ふうー。強いね。盾が割れちゃうかと思ったよ」
「あらら銀の爪じゃ駄目だったか、さすが梓君の盾だね。でも銀だけじゃなくて僕もいることを忘れないでくれよ?」
沖は指で印を刻んだのち、クナイを取り出すと、梓を中心として四方へ投げた。するとその四つのクナイを中心に陣が現れ、辺りのマナがその陣に吸収される。
「燃えろ」
沖の命令と同時に指で印を刻む。すると沖の作った陣が赤く光り、その陣の中心に炎が生まれた。梓の氷の盾は熱の所為かひび割れが大きくなり、やがてバラバラに崩れおちる。そして今後はお前だと言うかのように、梓へ火の手が迫る。しかし梓は自分自身に炎が届きそうであったものの、まったく動揺することなく、自然体でその場に立っていた。
「まったく、沖の使う術は面白いね。だけど」
梓は杖を前に突き出すと、梓を中心として波紋が広がるように火の手が弱まっていく。沖は驚いて梓の足元を見ると、梓の足元には魔法陣が浮かんでいた。梓の魔法陣は沖の魔法陣を浸食しながらだんだんと巨大化。ついには四隅にあるクナイまで到達し、地面に刺さっていたクナイは、缶けりで蹴られた缶のように辺りに飛ぶ。クナイが飛び散るとほぼ同時に火は完全に消えてしまった。
「威力が無さすぎるね」
そして梓が次の行動を使用と思ったときだった。明後日の方向から爆発音が聞こえ、二人戦闘を一時中断し思わずそちらを見てしまっていた。
「ローゼンクロイツさんやるねぇ」
沖は感心した様子で視線を梓に戻す。少し遅れて梓も本来の敵に視線を戻した。
「だから言ったじゃないか、彼女は強いって。自分なんかよりも、ね」
「いやいや、強いのは梓君もだよ。普通の魔法師や弱い妖魔だったらさっきの陣で十分なのだけれど……、銀」
沖に命令された銀は再び銀は再び梓の元に飛び掛る。しかし梓は無詠唱で氷の壁を作り上げ、またもや銀の攻撃を防いでいた。しかも今度は氷の壁は先ほどとは違って、傷ひとつ出来ることはなかった。
「なるほど僕の陣で集めたマナを利用したんだね。まったくどうせめようか……」
と沖が呟いたそのときであった。横からクリスの大声が二人の耳に入る。梓はちらりとそちらを見た後、視線を戻し沖に向かって魔法陣を具現化させる。そして水球を今度は十二個生み出し沖と銀に放ちながら自分自身は大きく斜め前に飛び出した。そして梓は大きく息を吸い込み彼女の名前を叫んだ。
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イリスは魔法陣から無数の光の槍を作り出すと愛理に向かって一斉に放つ。それに対抗して愛理は土の塊を無数に生み出してイリスに放った。それら二つは空中で衝突し、ハンマーで叩いたような音を何度も響かせる。そして衝突しなかった槍や土の塊が彼女達に襲いかかったが、それらをイリスと愛理はするりと避けた。
「さすがイリっちって言いたいとこだけど、まぁこれくらいはねぇ。ちょい本気で行くよ」
愛理はスカートのポケットからお札を五枚取り、目の前に放り投げる。すると正五角形の魔法陣が出現し、放り投げた札が正五角形の頂点に収まる。すると正五角形の頂点から線が延び、正五角形の中に星を作った。
「いにしえより封印されしイカズチよ。今こそその力を解き放ち目の前の敵を打ち破れ」
彼女は右手を振り、詠唱の最後を言い切る。
「召雷」
それに対してイリスも杖を前に突き出したまま目を瞑りブツブツと呪文を詠唱する。
「聖なる力よ……わが身に宿れ」
彼女の言葉にあわせて、杖の少し前に魔法陣が浮かび上がる。そして彼女の周りのマナを吸収し、魔法陣は白い光をだんだんと強くしていく。そして愛理に少し遅れて、彼女も魔法を放った。
「シャイニンショック」
彼女達の魔法陣から放たれた二つの白い光は空中で激突し、押し合った後小さな爆発が起こる。どうやら二つの魔法は拮抗して、互いに消滅してしまったようだった。
「あじゃじゃ? 五枚も消費したのに打ち消されるなんて……」
「愛理もなかなかやるわね」
イリスと愛理の二人は不敵な笑みを浮かべ睨み合っていると、不意に大声が聞こえた。
「おい、でかいの来るぞ」
それはクリスの叫び声だった。イリスは視線を麗華に向ける。彼女の周りで少しずつ構築される魔法陣を凝視した瞬間、イリスの笑みは消えた。
『どこが小手調べの様子見?』とイリスは心の中で愚痴ったその時である。
「イリスっ!」
梓の叫び声が聞こえたイリスは一瞬周りを見渡し、梓の方向へ駆け出した。梓とイリスはすれ違い、場所を変える。梓は愛理の前に、イリスはクリスの横へ。梓は愛理の前に立つと、すぐに魔法陣を具現化し水球を放った。
クリスの横に着いたイリスは魔力を練りながらマナを集め、クリスに声をかける。
「クリス、沖を」
「おいっ、しゃれにならんヤツが来るぞ! だいじょうぶかよ?」
「私を誰だと思っているの? 天下のローゼンクロイツよ」
イリスはニヤリと笑うと、練っていた魔力を放出しながら足元に魔法陣を具現化させる。更に彼女を中心として球体を作るようにルーン文字が飛び回った。
「おっけーじゃぁ、まかせたぜ!」
クリスは梓のはなった水球を打ち落としている沖に向かって走り出す。それを横目で確認したイリスは前にいる麗華と向き合った。
麗華は余裕の表れか、魔法陣の構築を一旦停止させ悠然とイリスを見つめていた。
「ごきげんよう、イリス。お手加減は必要かしら?」
麗華の挑発にイリスは軽い口調で答える。
「ふぅん、ずいぶんと余裕ね。過小評価は身を滅ぼすわ」
「あらあら、過小評価ですか? 本当にわたくしの魔法を止められるとお思いですこと? その言葉、わたくしがそっくりそのままお返しさせていただきますわ」
二人は口元をほころばせながら自らが放出する魔力の出力を上げる。辺りのマナは二人の魔法陣に吸い込まれ、彼女達の魔力と結合し魔法陣の放つ光を大きくさせる。既に高密度となった魔力とマナの結合体は、光の粒子となって二人の周りを浮かび彼女達を照らす。麗華は近づくだけで焼けてしまいそうなほど真っ赤な粒子を、イリスは直視できなくなりそうなほど白く輝く粒子を。
「八千代より燃え続ける光焔よ、龍となり我の道を切り開け」
麗華は長刀で最後の一画を書く。すると彼女の周りを漂っていた赤いマナは彼女の描いた文字に収束した。彼女が長刀で描いた文字は『焔』。
「焔龍」
彼女が叫ぶと、自身で描いた『焔』の陣から一匹の燃え滾る龍が出現する。龍は大きく口を開け、真紅の牙を見せつけると、猛スピードでイリスに飛んでいく。それは速さも威力もこれまで第二訓練場で放たれた魔法の中でもトップの強さであったが、それよりも驚くべきことはその圧倒的な熱量であった。それは彼女が放った魔法のせいで辺りに陽炎が立ちこめ、観客席という離れた場所に居るにいる人たちまでも、その熱を感じるほどだった。
「水よ、風よ、光よ。せまりくる邪悪、災厄より我が仲間を守りたまえ」
イリスは迫り来る焔龍に向かって杖を掲げる。すると彼女の周りが一際大きく輝くと、足元にある魔法陣とは別に二つの魔法陣が彼女の斜め上と横に現れる。それによって現在イリスの周りには、足元、斜め上、横と三つの魔法陣が出現していた。
そしてその三つの魔法陣が光り輝くのと同時に彼女は大声で叫んだ。
「アイギス!」
イリスの前に白銀の盾が具現する。水、風、光の三属性合成魔法である『アイギス』、白い光につつまれたそれは美しいなんてものではなく、もはや神々しいものだった。見ているだけで浄化されそうな神聖な盾、女神アテーナーが所有したとされる伝説の盾。それが今この場に具現していた。
焔龍は地面を焦がしながら猛スピードでイリスに飛んでいく。そしてイリスの生み出したアイギスに衝突した。
ミサイルでも爆発したのかと思わせるような爆音が辺りに響き、フィールド場には目も開けられないほどの閃光と肌を刺すような熱に包まれる。
「あぁぁぁあぁあああっ負けませんわぁぁあぁああぁああああ」
麗華の掛け声に合わせ焔龍は体をふるわせると、熱量を上げた。
「くぅうううううう」
だがイリスも負けてはいなかった。イリスは魔力をアイギスに送り焔龍の猛攻を阻止する。衝突している二人の魔法、そして響き渡る轟音と二人の叫び声。
一進一退の攻防は不意に終わりを告げる。拮抗していた焔龍とアイギスであったが、急に形が歪み巨大な爆発が起こった。一瞬熱風が辺りに吹き荒れるも、時間の経過とともに辺りが冷えこみ、神々しい光も身をひそめ静寂が訪れる。
イリスと麗華は肩で息をしながら前方を見つめる。フィールド上、アイギスが具現した場所には大きな穴があり、焔龍もアイギスも跡形もなく消えてしまっていた。
「なかなかやりますわね」
「アナタこそ」
長刀を手に携えた黒髪の女性と、杖を携えた銀髪の女性は肩で息をしたまま不敵な笑みを浮かべながら睨みあった。見た限りでは彼女たちどちらにも傷は一つもない。
と、そこに耳をつんざくような機械音が鳴り響く。頭の中に響くその音で麗華、イリスだけでなく梓たちも耳を塞ぎ、音が無鳴り止むのを待った。少しして音が止まると一人の男性講師が茹でたタコのように顔を真っ赤にしながら梓たちのいるフィールドに向かって走ってくる。そして梓たちのいるフィールドの前で立ち止まると大声で叫んだ。
「お前ら……すこしは手加減せんかあああぁぁぁ」
梓は講師の怒鳴り声を聞きながら周りを見渡すと、隣の綺麗なフィールドからクラスメイト達がこちらを伺っているのが見えた。また観客席からは様々なクラスの人々もまたまっすぐ梓たちを見ていた。梓は自分達のフィールドに視線を戻す。そこは隣の綺麗なフィールドと打って変わって、梓の水球、銀の爪、愛理の魔法、クリスの魔力で抉った地面、そして焔龍とアイギスで作った巨大なクレーターが存在していた。
梓はその場に立ち尽くし、苦笑いすることしかできなかった。




