遅れてきた新入生 5
お昼から天候は変わっていないようで、相変わらず泣き出しそうな雲に覆われていた空の下、五人の男女は街を歩く。
「そいでこっちに入っている書店ね、大きいから大抵の本はここで見つけられるよぉー。今日は行かないけど」
前を歩く愛理は、指を指しながら笑顔で説明してくれる。見ているだけで口元が綻んでしまうほど楽しそうな彼女の隣には、ヘラヘラした顔で沖が歩いており、またその彼女たちの後ろを梓と麗華とイリスは並んで歩いている。
「そこであっちのサンシャインビルが有るんだよね。あそこで儀式場の貸し出しをしているから、魔法学園の儀式場借りられなかったら、あそこ行くといいよ、お金かかるけど。あ、そういえば、その横の大きな公園はボートで湖の中に入れるんだけど、恋人同士で行くと別れるってジンクス有るから気をつけてぇ」
街の案内に麗華と愛理を誘ったのはどうやら正解だったようで、彼女達はまるで自宅の庭を案内するかのように、細かに案内をしてくれた。それはスーパーや服屋やドラックストアやおいしい料理屋、お客は少ないが出すコーヒーは一流(愛理談)の喫茶店などなど、既に十件以上を、梓達は紹介して貰っていた。
「そういえばここら辺の案内って事でしたけど、イリスはこの近くに住んでいるの?」
イリスの隣を歩いていた麗華は女性向けの服屋に視線を向けながら訊ねる。
「そうね、学園から歩いて十五分くらいのマンションに住んでいるわ」
その言葉をきいて梓はピクリと反応した。
「もしかして自分の家と近い?」
「近いわよ。すぐに行けるわ」
梓は目元に皺をよせ、空を見上げる。彼の頭の上には見えない疑問符が浮かんでいた。
「あれ? ……自分住所教えた?」
「もう梓は。何言っているの、聞いていないわよ。ローゼンクロイツの情報収集力を甘く見ないことね……同じマンションに住んでいるから安心していいわ」
「はぁぁぁ」
梓は大きくため息をつき、頭に手を当てうなだれる。
「……それストーカーだから、安心できないよ」
「まぁまぁ知り合いが近くにいて良かったんじゃないかな、そうだ。そろそろ休憩しない? さっきから歩きっぱなしだよ」
怪しい笑みのイリスと絶望の梓を、笑顔で見ていた沖。彼はセイレーンのイラストロゴが描かれている看板に指を指した。
店の中に入って飲み物を購入した梓達は禁煙ルームである地下へ向かう。そして開いていた円テーブルの一つに座り、自分の飲み物を机の上に置いた。
「そう言えば魔法師で思い出したけど、最近ここらへんで魔具が盗まれる事件が相次いで発生しているらしいね。一般人から魔法師、果てにはお店の魔具も盗まれたらしいよ」
沖はそう言って注文したブレンドコーヒーを口に運ぶ。
「あーそれ聞いたかもー。確かこの通りの魔法具屋さんもドロボウ被害にあったらしいね。何でも杖、水晶、魔導書、アクセサリーとか魔力が込められた物を中心に盗まれたとかなんとか」
麗華は机の上にあるカップに手を添え、じっと抹茶ラテを見つめながら口を開く。
「それ、たしか一週間ぐらい前から魔法連盟が動いていましたわ。警察じゃ対応できない可能性が有るから魔法連盟で解決しようとしているらしいです。多分誰かが対応していると思うから、もうすぐ解決するのではありませんこと?」
彼女はあまり興味のなさそうに言う。そしてカップを口に運ぶと目じりを下げ、幸せそうに息をついた。
「警察じゃ対応できないって、日本の警察はそんなに弱いの?」
イリスはそう言うと不思議そうに首をかしげる。
「い、いやぁ警察もそこまで弱いってわけじゃないのだけれどね。一応それ専用の部署にも魔法部隊や特殊魔法部隊が有るのだけど……相手が高位魔法師だったらちょっとね……」
言いにくそうにしている沖の言葉を遮り、麗華が口を出す。
「要するに、あんまりいい人材がいないのですわ。みなさん警察より魔法連盟に行ってしまうから。あっちの方が給料高いですしね」
彼女が言っている通り、お金は大きな要因であるが、それだけではない。そのことは数年ぶりに帰国した梓も知っていた。
「……もともと魔法連盟には名家の人が沢山集まっているんだよ。もちろんその名家の子孫は親や先祖と同じように魔法連盟に入る。そんなサイクル。まぁこれはどこの国も似たようなものだよね。イギリスやドイツの貴族院とか、そうでしょイリス」
「……そうね」
イリスはなにやら実感のこもった声で梓に相槌をうつ。彼女が呟いた小さな声、それはすぐに能天気な愛理の声に上書きされた。
「まぁ魔力は遺伝が基本だからねぇ。どーしようもないね。てかてか、話しそれちゃったけど、まだそのドロボウ捕まってないんしょ?」
「まだつかまった噂は聞いていないわ」
「じゃぁーやっぱりイリっちやあずちゃんは気をつけたほうがいいってことだよ? この近所での被害は多いから」
梓はカップをテーブルの上において口元を拭く。一瞬あずちゃんにツッコミを入れようかとも思った梓だったが、無駄だと思い直し止めた。
「最近……そう言えば今日来る途中に中年男性が被害にあってるニュースを見たよ。でもあれ魔法師じゃなくて一般の人だったんだよね」
梓はそう言うと空に浮かんでいる巨大スクリーンを見つめる。今は保険のコマーシャルが流れていた。
「一般人? 不思議ね。一般向け魔具なんてマナの容量はそんなに大きくないでしょうに。それも値段が高い訳でもなさそう。そんな物まで集める理由が解らないわ」
イリスは目を伏せポツリと呟く。彼女の疑問はごもっともであり、そこに居る誰もが言葉を失った。しかしここにいるメンバーは誰もその疑問に答えることは出来ず、彼らに出来たことといえば回答を先延ばしにする事だけだった。
「まぁ犯人がつかまればその理由も解りますわ。魔法連盟が動いた以上解決は目に見えていますし、私達はそれまでの間普段より警戒をしていれば良いのではなくて」
「近衛さんの言うとおりだね、まぁ……」
梓は言葉を区切り女性陣、麗華とイリスと愛理の顔を順に見つめる。世界中の中でもトップクラスの魔法学園、その中でも有名な近衛家の麗華、ローゼンクロイツのイリス、陰陽師で有名な土御門家の愛理。
「このメンバーじゃ襲ってきた相手がかわいそうだけどね」
それを聞いた沖は笑うことで梓に賛成を示した。
オレンジ色の空をカラスがひび割れた声を上げながら、梓のはるか上空を飛ぶ。時間は十八時を過ぎ、少しだけ足に疲れが来ていた梓たちはそれぞれ帰路についていた。
現在梓の隣にいるのはメッセージを打ちながら歩くイリスだけである。
彼女は帰り際に麗華や愛理とまた遊びに行く約束をし、電話番号を交換していたことを考えるに、彼女達にメッセージを打っているのだろうと梓は考えていた。
「近衛さん達と?」
「ええ。明日のことでね」
梓は荷物を反対の手に持ち変える。それはイリスが沢山買い物をして抱えていたうちの半分、いや大部分を梓は持ってあげている。
「明日か、遊ぶことばかりじゃなくて授業も有るんだからね。いやそもそも朝大丈夫なの。すごく朝弱かったよね?」
「大丈夫よ、既に対応策は用意したわ」
「え?」
「既に対応策は用意したと言ったのよ、ローゼンクロイツの資金力、技術力をフルに活用してね」
イリスは目を閉じ偉そうに胸を張る。彼女の少し控えめな胸が強調され、梓は少し赤くなりながら視線を逸らした。
「朝七時になったら特定の人物に『イリスを起こしてください』というメッセージが自動で送られるアプリケーションを作らせたの。こんなことも簡単に出来るわ、ローゼンクロイツならね」
梓は頭を抱えうなだれる。
「いや、それ根本的に解決になってないよね。パンがないなら別の所から取り寄せればいいじゃない的な発想だよね」
どうやら彼女は梓の突っ込みは無視するようで、意も返さず彼女は話を続ける。
「このソフト、パパやママには絶賛されたわ。ちなみに文章は変更できるけど、あて先は梓以外設定できないことを伝えたら、今すぐ商品化して世界展開すべきだ! と息巻いていたわね」
「それ商品化されたら自分は世界中の人を起こしに行かなければならないよね、システム的に重大な問題があるから! あの夫婦も少しはこの異常性に気が付こうねっ。早く消そうか!」
「え? もうインストールして設定してしまったわ。ごめんなさい、これアンインストールできないの。そして一度設定したら一年間設定を直せないわ」
「うん。やっぱり欠陥商品だよね。消せないとかもはやウィルスレベルだなっ!」
「まぁ、メッセージを着信したら家のチャイムを鳴らすか電話してくれればいいわ。多分音で起きるから。起きなかったら中に入って部屋まで来て」
「って音で起きられるならスマホのアラーム機能でいいよねっ」
梓は突っ込みを入れながらイリスの荷物を反対の手に持ち替え、自分のポケットからスマホを取り出す。それを見たイリス嬉しそうに声を出した。
「あら、ローゼンクロイツの新しいスマホを使っているのね?」
「そうだよ、海外でも使えるから。親はまだスイスに居るし……家族間であれば海外でも無料っていいよね」
梓はなれた手つきで画面を操作し、イリスの電話番号を表示させる。
「電話番号変わってない?」
「ええ、以前と同じままよ」
梓は表示された画面を閉じてそのままポケットにしまう。
「ふふ、なんだかんだいって最後にはいつも助けてくれるのよね?」
彼女は笑顔で梓の顔を少しかがんで覗き込む。前かがみになっているため、彼女の白い胸元が目に入った梓は顔を赤くして視線を逸らした。
「まぁ朝にイリスが出てこなかったら電話して起こすよ。……さすがに冗談だろうけど、そのアプリ本当に開発しないでよ?」
「それは難しい相談ね」
しばらく歩き自分のマンションの前に到着した梓達は足を止める。梓はロックを外すためキーカードを取り出すべく鞄に手を伸ばすも、横からイリスが手を出して静止させた。
「私が出すわ」
彼女はそういうとすっとポケットから一枚のカードを出し、入り口のセキュリティロックを外す。
「本当にここの部屋を買ったんだね……」
イリスは振り返りながらカードをポケットに入れる。
「梓、多分勘違いしていると思うから一応言っておくわ。マンション丸ごと買ったのよ。あなたの住んでいる部屋も私の管轄だわ」
「……それはスケールの大きいことで」
梓はロビーを歩いてエレベーターの上ボタンを押しエレベーターを待つ。少しして到着したそれに梓たちは乗り込み、エレベーター内部にある十のボタンを押した。
「イリスは何階?」
「アナタの部屋の隣よ。もし朝に私が起きれなくでも、すぐに起こしにこれるでしょう?」
「ああ起こしやすいね! すぐ行けるじゃないか。気が利くね。助かったよ……」
頭を抱えた梓と楽しそうに笑うイリスを載せたエレベーターのドアがゆっくり閉まると上へ動き始めた。
「梓、そういえば気になっていたのだけど、どうして学園の南側のマンションを買ったの? 北側の方が栄えていると思うのだけど。お金には困っていないのでしょう? 立華女学園というお嬢様学校が有るから?」
「いや、違うから! 近くにお嬢様学校が有るからって選んだりしないから!」
彼女の言った立華女学園は梓たちが通う学園の南西に建っている、幼稚園から短大までのエスカレーター式お嬢様学校である。ちなみに通学路の関係上、最短ルートを選択すると立華女学園の近くを通るため、梓は沢山のお嬢様をほとんど毎日見ていた。
「何だ、てっきりお嬢様学校が有るからだと思っていたわ」
「ひどく落胆した声で言わないでくれるかな? ただ北側は人が多そうだから南側にしただけだよ。スーパーも近くに有るしね」
二人はエレベーターを降りて雑談をしながら歩き続ける。すこしして梓は部屋の前に立ち止まるも、イリスはそのまま歩き続け隣の部屋の前まで歩いた。
「私こっちだから」
「そっか。荷物はどこに置く?」
梓がイリスと隣まで歩くうちに、彼女はカードを取り出し部屋のロックを解除する。
「玄関まででいいわ」
梓は玄関に上がりイリスの荷物を置く。同じマンションのためか、ぱっと見た様子では梓の部屋と同じであった。梓の部屋違うところを上げるとすれば、彼女の方は廊下にいくつかのダンボールが置かれていたことぐらいだろうか。
「何か手伝おうか?」
イリスは振り返り、言いづらそうに口をモゴモゴする。そしてちらりとダンボールを見て、肩まで伸びた銀色の髪を右手でいじった。
「えと、その、ね……、後は着替えとか下着だけなの。見たいとか付けたいとかだったら手伝ってくれてもかまわないわ。でも気をつけてね。私の下着は装備すると外せなくなるから」
ちらりちらりと様子を伺うイリスに、梓は満面の作り笑いを浮かべる。
「かなり呪われているね。教会に行ってお祓いして貰うことをお勧めするよ。つか、そもそも付けようとすら思わないから」
梓は何事もなかったかのように振る舞い、クルリと向きを変えた。
「いらないようだし自分は帰るよ」
梓はドアを開けて外に一歩足を踏み出した時だった。
「梓」
後ろから声をかけられ、梓はイリスの方を向く。イリスは眉を下げ、笑みを浮かべると小さく手を振った。
「今日は……ありがとう」
梓は手を振りかえしてドアを閉める。彼はしばらくの間、カチリとオートロックされたドアを呆けた表情で見つめていた。




