遅れてきた新入生 4
「あ、もちろん二人のふわふわ時間を邪魔するなあー! てなら去るケドね」
「いや、そんな関係じゃないし、別にいいよ? イリスもいい?」
梓は声をかけてきたのがクリスたちならともかく、この二人だったことに驚きながらも、イリスに確認を取る。
「別にいいわ。貴方達が耐えられるなら、ね。テレビだったら放送禁止になるわ」
イリスはそう言って、麗華達に挑発的な笑みを浮かべた。
「わぁーお。ダ・イ・タ・ン、ははっ」
「……」
愛理は口を大きくあけて笑い、麗華は冷たい視線を梓に向ける。その視線はそこらへんにポイ捨てされているゴミを見つめるようだった。
梓は寄りかかるイリスを押し返し、離れさせる。目元に皺をよせ、指を差しながら口を開いた。
「ごめんね。コレ真顔で淡々と冗談を言っているだけだから気にしないでいいよ」
「もちろん冗談よ」
イリスは笑みを浮かべながら麗華と愛理の誤解を解く。まだまだ冷たい視線を梓に向けながら麗華は小さくため息を吐いた。
「そうですのね……?」
「そうなんです。驚いたでしょう? まぁ初めて会う人は大体みんな驚くよ。クールに見えて実は熱かったりするしね。でも友達として面白い子だと思う。何気に面倒見もいいし、これからよろしくしてあげてね」
梓がイリスに視線を向けると、彼女は小さくありがとうと言い、麗華たちに向き直る。
「よろしく」
イリスの笑顔につられ麗華と愛理は笑みを浮かべた。
「よろしく。じゃぁ食べましょうか……愛理、シート広げて」
麗華は愛理からシートを受け取り、手慣れた手つきで梓たちの前に広げる。そして二人はそこに座り自分の弁当をひろげた。
横で彼女達を見つめながら、梓は思考をフル回転させていた。彼には彼女達の目的が解らなかったのだ。梓達が急いで教室を出て、わざわざ屋上に来ていた事を考えればすぐに目立ちたくないことは読み取れるはずだった。ただただ空気を読まずに野次馬根性丸出しの行動だったら、梓にとってすこし困るが、それだけだ。
だけど本当にそれだけだったら、わざわざここまで来るだろうか、それならば別に此処まで来る必要はなかったのではないか、と梓は考えていた。
「いきなりだけど、お二人はどんな関係なのかな?」
愛理は弁当を摘みながら興味津々と言った様子で、聞いてくる。そんな彼女の問いかけに梓は胸をなでおろした。
「さっきも沖に聞かれたけどね、ただのクラスメイトだよ」
その梓の言葉にピクリと反応したのは麗華だった。
「ああ、雨乃宮君は帰国子女でしたものね。わたくし気になるのですが前の学校の雨乃宮君ってどんな感じでしたの?」
イリスは口の中のものを飲み込み、少し思案するように首をかしげる。
「うーん。多分今と変わらないわ。女子と間違えられて男子に告白されていたし、いえ男子だと解っていても告白されたこともあったわね」
「ちょっとぉ、それはやめてくれ」
梓は食べ終わっていた焼きそばパンの袋を握り身体を小刻みに震えさせる。
「彼、ダイタンだったわね。隣のクラスの人だったのだけど、放課後人が沢山残っている教室に、入り込んできて梓の可愛さの演説。そして告白。最初何かのバツゲームかと思ったわ」
「それがバツゲームだったらどんなに良かったことか……」
イリスはニヤニヤしながら梓を見つめる。
「彼、頭も良いし魔法も強いし顔も良かったのに。まさかゲイだなんて思わなかったわ。ふふっ、彼の言葉は今でも思い出せる」
「……ぷっ、ふふっっあははっっははははあっ」
愛理はどうやらその現場を想像し、笑いのツボに入ってしまったようだ。両手でお腹を押さえて爆笑している。
「ぷふふ、愛理、失礼よっ、梓君はふふっ、ふふふふっ、しっかり男性ですわよ」
麗華もフォローしてくれてはいるが、彼女の表情を見る限り説得力は皆無であった。現に口元には手が添えられ、目じりが下がっている。
先まで静かだったこの屋上の片隅であったが、今は三人の笑い声で溢れている。笑い続けている彼女達に向かって梓は苦虫を噛み潰したような表情になった。
「もうアイツは勘弁してください……」
笑い続けたことによりイリスは落ち着いたようで、口調がクールな彼女に戻る。
「元クラスメイトたちは梓が彼から逃げる為に日本に戻った、という噂が流れていたわ。まあ私もその通りだと思うけど」
そんなイリスとは対照的に愛理は未だにお腹を押さえながら苦しそうに声を出す。
「あははっ。そんな事があったら、日本に逃げたくもなるわね!」
「はぁ。他人事だから笑えるのだろうけど。当事者の自分としては早く闇に葬りたいの!」
梓は大きなため息を吐く。今度は笑いが引いて落ち着いてきた麗華が口を開いた。
「雨乃宮君は前の学校でそんな事有りましたのね。うん、じゃあローゼンクロイツさんはどの様な方でしたの?」
「近衛麗華、私のことはイリスでいいわ、呼びにくいでしょう?」
間髪いれずにイリスがそう言うと、麗華は笑みを浮かべて頷く。
「でしたらわたくしの事も麗華でいいですわ」
「ウチも! 愛理って呼んで」
イリスは花開くように笑顔を作ると、お弁当を自分の太ももの上に乗せたまま、軽く礼をした。
「分ったわ、麗華、愛理。よろしく」
そしてゆっくり顔を上げ、顔にかかった銀色の髪を右手ではらった。
「こちらこそよろしく。それで……イリスはどんな子だったの?」
「もちろん普通の子だったわ」
これまた間髪いれずにイリスは話すも、梓は口元を右手で押さえながら左手をブンブン振るう。そして何かを言おうとしていたが、ちょうど卵サンドが口の中にあり声が出せないようだった。そのため彼は近くに有った紙パックのイチゴ牛乳に手を伸ばす。
「イリっち、あずにゃんは必死で否定しているようだよ」
梓はパンをイチゴ牛乳でなんとか飲み込むが、
「土御門さん、その呼び方は何ですか。それになんとなくまずい気がするのですが!」
ありえない単語が聞こえたため、梓はイリスのことよりもまずそっちにツッコミを入れていた。
「かったいなぁ大丈夫だよ、ねぇあずにゃん」
「ダメです。普通に呼んでください。お願いします、いえお願い申しあげます……」
最後は丁寧語になってしまっていた梓と、彼の反応で笑っている愛理。そんなやり取りを見ていた麗華は感心した様子で頷いた。
「二人で喋っているとこ見たこと無かったのだけれど、仲良いのですわね。……それで話を戻しますけど雨乃宮君、彼女はどのような感じでしたの?」
話を戻してくれた麗華に、内心で感謝しながら梓は一年前を思い出す。
「ローゼンクロイツのエンブレム、『天使の杖』が輝くリムジンで学校に登校する時点で他の人とは格の違いを見せつけ、魔法の成績は上位の癖に授業を適当に受け、教師の評価がすこぶる悪いヤツが、どう解釈されたら普通になるの。ボディガードが学園に来た時期もあったし」
「家は仕方ない。大体、貴方だって……」
「いやいやもう男にモテた話はしないでよ」
イリスが話す前に梓は自分の言葉をかぶせると、イリスは不満そうな表情を浮かべた。
「ふーん」
適当な相槌をうちながら愛理は嫌な笑みを浮かべた。それはまるで、面白いものを見つけた子供のように。
「まぁ、あずちゃんが可愛そうだしそれはいいや。でイリっちの得意な魔法は何なの? やっぱり錬金術や西洋魔法かな」
「その通りよ。基本は西洋魔法ね。錬金術も得意だと自負していたのだけど、エミーリア達に出会ってまだまだだと実感したわ」
その言葉を聞いた麗華と愛理は驚きの声を上げる。また、梓は少しだけ肩をすくめた。
「エミーリア、ってまさかあのフィリップスの名を受け継いだ? まさかイリス達のクラスメイトだったの?」
イリスは口に含んでいた卵焼きを飲み込みながら、頷いて肯定する。
二人は感心して弁当をつつく。彼女達が驚いたのは至極当然の事だった。四大精霊を使役したとされる稀代の魔法師、『パラケルスス』、本名『テオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイム』の血統を色濃く残しているホーエンハイム家の女性、エミーリア・フィリップス・フォン・ホーエンハイムはなんとイリス達のクラスメイトだったのだから。
また彼女が日本にも名を轟かせているのはホーエンハイム家という事柄だけではない。エミーリアの名前にある『フィリップス』が更に重要なのだ。
実は偉大なる魔法師かつ錬金術師であるパラケルススの死後、彼の名前は血縁者の中の称号になった。詳しく言えばパラケルススの本名『テオフラストゥス』、『フィリップス』、『アウレオールス』、『ボンバストゥス』、これら四つはパラケルススの血を次いだ者の中で、特に力のある四人に与えられる事になっている。つまり彼女についているパラケルススの名前の一つ『フィリップス』は、十六歳でありながら一族内ではトップの一人であることを意味している。
ただしそれはここに居る一人も同じようなものだった。
「そうよ、でもここには麗華が居るから同じね」
「それは同感だね」
イリスと梓は食事をしながらうんうん頷く。
「確かに、そうね。いつも一緒に居ると凄さを忘れちゃうけど近衛だからね」
そう言う愛理も笑いながら頷いた。
そう彼女の家『近衛』は日本で天王家に次ぐ魔力を保持しているといわれる一族であり、世界的に有名で歴史も長い。最初に近衛を名乗り始めたのは平安時代からであるが、祖先は日本書紀にも名前が有るともいわれている。その近衛家現当主の次女であり、長女と共に将来をかなり期待されているのが麗華だった。
ちなみに彼女より一つ年齢が上である長女も、この学園に在籍している。生徒会副会長として。
「家は家ですわ。わたくしはわたくし。家のおかげで知名度が高いですけど、わたくし自身は褒めそやされるほどの実力なんて持っていませんわ」
麗華がそう言うとすぐにイリスは首を振って否定した。
「そんなことは無い。貴方の魔力は上質。貴方の周りを漂うマナを見れば一目瞭然」
イリスは箸を弁当箱の上に置き右手を麗華に向ける。そして小さな魔法陣を作り上げるとマナを集め始めた。
「ほら、貴方の魔力はマナを引き付けて離さない。これで力が無いなんて言わせないわ」
たしかにイリスの言うとおり、麗華の周りを漂うマナは麗華から離れることはなかった。それは異常なほどマナと魔力の親和性が高い事を意味していた。
魔法陣を右手で握りつぶし、手を振ってマナを霧散させる。
「今度お手会わせ願う」
「私で良ければ」
そんなイリスたちのやり取りを見て愛理は息を呑む。彼女は表情にこそあまり出さなかったものの、内心ではかなり驚いていた。あんな小さな魔法陣であれほどマナを集めることが出来たからだ。たとえ愛理が同じ大きさで魔法陣を作っても、彼女の半分くらいしかマナは集まらなかっただろう。それだけイリスの魔法陣の完成度が高かったのだ。
愛理は自分を抱きしめるようにして体の震えを抑える。『イリスと戦ってみたい』、彼女を満たすのはその気持ちだった。
愛理が目を細めイリスを見つめるも、イリスは気が付かずもくもくと弁当を食べる。少しして彼女は弁当を食べ終わり、かちゃかちゃと空になった弁当箱を片付ける。そしてナプキンで包むと梓に渡した。
「さすが梓ね、美味しかったわ。ありがとう」
「おそまつさま」
そのやり取りを聞いていた麗華は目を見開く。そして恐る恐る梓に訊ねた。
「あの、わたくし記憶が確かなら、雨乃宮君は両親がヨーロッパに居るので一人暮らしと伺っていたのですけど……。もしかしてそのお弁当、雨乃宮君が手作りしたものですの?」
「そう、だけど?」
梓の言葉を聞いた麗華は何かを言おうとしているのだが、それは言葉にならない。しかし彼女が言わんとしている事はすぐに梓に伝わった。愛理が麗華の代弁してくれたからだ。
「前々から思ってたけどさ、あずちゃん、女子力高いよね」
その言葉は梓の心に突き刺さり、午後の授業まで引きずってしまうのは余談である。
とある一言のためか、昼からまったくやる気が起きないまま午後の授業を終えた梓は、あくびをかみ殺し両腕を大きく伸ばす。
「眠そうね」
梓は声のした右手側に振り返るとそこにはイリスが立っていた。梓はタブレットを鞄に仕舞い、イリスに向き直る。
「まぁ仕方ない。午後の授業は眠たくもなるさ。で、どうしたのさ?」
イリスは制服の上着ポケットからスマホを取り出し、数回タッチすると梓の顔の前に突き出した。
「今日暇なら町を案内して欲しいのだけれど、頼める?」
イリスがスマホに表示させたものはこの辺りの地図だった。梓はその地図を見て苦笑いをする。
部活に入っていない梓に時間はもちろん有る。それに一緒に町に行くのは特に問題は無い。しかし、案内となると話は別である。梓自身が日本に戻って来て一ヶ月ほど経っているが、もともとこのあたりに住んでいたわけではないし、あまり出歩かない彼は必要最低限のお店と道しか分らなかった。つまり案内できるとは言いがたいのである。
梓は知らん顔している癖に、聞き耳を立てていた二人に向き直り声をかける。
「クリス、沖。実は自分もこの街良く知らないのだけど、案内してくれない?」
「そんにゃー、二人の邪魔なんて出来ないっすよぉ。ニヤニヤ」
クリスは不自然な笑みを浮かべ、どこから出したのか吐き気を催すほどの気持ち悪い裏声で梓に返答をする。その様子を見た梓は右拳に魔力を込め、異様な空気をまといながらクリスに一歩近づく。するとクリスは慌てて手を振った。
「じょ、冗談だ。冗談。えっと、アレだ。すまん、今日も俺部活なんだよなあ。いきたかったけど行けない」
梓は握った拳を解き、一歩下がる。それを見ていた沖は笑いながら梓に言った。
「僕は大丈夫だけどね。でも女性向けのお店を案内は出来ないかな……。誰か女の子誘った方がいいと思うけど」
梓とイリスは目を合わせ、二人で同時に頷く。このときお互い思い浮かべたのは同じ人物だった。
「麗華と愛理を追加で誘いましょう」
「そうだね。あの二人だったらこの辺り詳しそうだし」
二人の様子を見ていた沖は、アゴに手をあて興味深そうに梓とイリスを覗き込んだ。
「その二人と? いつの間に仲良くなったんだい?」
「うん、昼休みにちょっとね」
梓は不思議そうな表情をしている沖との会話を打ち切る為、席から立ち上がり麗華の席まで歩く。梓が歩き始めるとイリスは黙って後ろを付いてきた。麗華の席には、自席に座っている麗華と、彼女の前に立ち両手で大げさなジェスチャーをしながら話をする愛理が居た。ちなみに彼女のジェスチャーを例えるとしたら何かの変身ポーズのような動きだった。
「近衛さん、土御門さんちょっといいかな?」
梓が声を掛けると二人はこちらを向くが、彼は中途半端な所で声を掛けてしまったらしく、愛理は右手を斜めに突き出したまま静止する。
「あずちゃんたちか。なんだい、せっかく麗華と二人で休日の朝に放映している魔法少女アニメについて、熱く語っている所に口を出してきて」
そういって愛理は高らかに上げられていた右手を下げ、胸の少し下で腕を組み、見下すような視線を梓に向けた。
「うん、今激しく二人の株が下がったよ」
梓は作り笑いをして愛理を見つめる。また彼だけなく麗華も同じようにどこか不自然な笑みを浮かべていた。
「今愛理と友人関係を切るか本当に迷ったわ。で、雨乃宮くん。わたくしの目の前で腕を組んでいる女性はどなたかしら」
「迷っただけじゃなくて本当に切った?! あーんもう麗華ゴメン、ゴメン」
愛理は組んでいた腕を解き、麗華を拝むように手を合わせる。
「まったく。ごめんなさいね、馬鹿愛理が。本当は料理の話をしていただけだわ」
しかしその麗華の言葉は梓を大いに混乱させた。料理の話をしているのになぜ愛理は魔法少女の決めポーズみたいな動きをしていたのだろうか。彼女は何と戦っていた、いや何を作っていたのだろうか。考えても梓は納得できる仮説を立てることができなかった。
「それでどうしたのさあ、あずちゃん」
愛理の言葉で梓はハッと我に返る。
「この後予定が無いのなら、私達に街を案内して欲しいの」
いつの間にか梓の横に立っていたイリスは梓の代わりに用件を言う。一瞬はてなマークが頭上に浮かぶが、電球に光が灯るように表情が変わった。
「あーなるほどね!」
「ついでに沖も行くんだけどね」
梓は身を捻り、裕也に視線を向ける。彼は梓の机の上に座りこちらを見ていた。彼は梓と視線が合うや否やにこやかな顔をして手を振る。
「ふぅん、ゆうも来るのね」
愛理は頷きながらぽつりと言う。
「そうそう。それで、どうかな?」
「わたくしはかまわないわ、愛理は?」
「もち、おっけーだよ。そうと決まったら早速行動しようか。私は準備するよぉー」
そういって愛理はスタスタと教室の後ろ側にある自分の席へ向かい、机に出しっぱなしにされていたタブレットを片付け始める。
「まったく、愛理は気が早いわね。イリス、雨乃宮君このまますぐ行けるかしら?」
梓とイリスは頷く。沖はその話を聞いていたようで梓の机から立ち上がり、自分の席に向かう。
「じゃあわたくしも荷物を纏めるわ、みんなの準備が出来次第行きましょう」




