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事件発生 6


 無人となったコンビニの自動ドアは、ガラスが破れた上に中途半端に開いていた。またそれだけではない。商品は床に散らばり、店の装飾やポップがはがれおち、見るも無残な状態であった。


 もはや廃虚ともいえるそのコンビニの中で梓はスマホの画面を見つめながら二人に言う。

「まだ少しだけ速いけど沖からメールが届いた。行こう」

「腕が鳴るな」

「やっと動けるのね」


 三人はコンビニを出るとすぐにサンシャインビルに向かって走り出す。どうやらこのあたりのゴーレム達はうまく誘導されたようで、ゴーレムに殆ど会うことなく進めていた。


「ふぅぅ、随分とゴーレムに遭遇しなくなったなあ」

「クリス、油断は禁物。どうせサンシャインビルに近づけば守りに徹しているゴーレムたちが居るはず」


「んだろうな」

 イリスの言うとおり遭遇することは少ないと言っても、それは駅周りのゴーレムたちだけであった。梓達がサンシャインビルに近づけば近づくほど、ゴーレムたちとの遭遇頻度は上がり、その度に足を止めざるを得なかった。そんな状況にクリスは悪態を吐く。


「おいおい、オレンジ社よぉ、実は盗まれた魔具は二百個じゃなくて実は四百個でした! なんてことはねーよな」


「さすがにそれは無いと思うけど、そう思いたくなるね」

 梓は水球を放ち、ゴーレムにトドメを差すとふうと大きく息を吐いた。


「さて、ビルの前まで来たけど……なにも居ないね」

「誘われているようで怖いわね」


 梓はサンシャインビルの広く芸術的な中庭の中を、ゆっくり歩きながら辺りを見渡す。クリスは植えられた高級そうな松を一瞥し、大きくため息を吐いた。

「いやぁ、そもそもだぞ。実はここに居ると思わせといて、残念実はオトリだったのだ、みたいな」


「いえ、パラファウストは間違いなくここに居るわ、オレンジ社もローゼンクロイツも同じ意見」


 イリスの言葉に梓は頷き、腕を上げビルを指さした

「自分もあそこに居ると思うよ? だってあそこと非常電源が有る病院だけだもの。この一帯で電気がついているのは。ゴーレムも多かったしね」


「それにしたってここ、不気味じゃねぇ?」

 クリスの言うことはもっともだった。先ほどまでは沖たちが引きつけに失敗したゴーレムたちがわらわらといたのに対し、このビルには一体たりとも姿が見えないからだ。しかし、だからと言って彼らは足を止めることはできなかった。時間がたてば彼らの手に負えない状況になってしまうのだから。


「でも行くしかないよ」

「……だな。何があるかはしらねぇが、行くしかねぇしな」


 クリスは指をパキパキ鳴らすと、少しだけ腰を落とし警戒しながらゆっくり前に進む。梓とイリスは彼の死角を見張りながら彼の後ろをついていく。


 その場所は彼らの足音以外が聞こえず、不気味な静寂が有った。またライトアップされた美しい庭園は、普段ならビルを彩るはずだった。しかし電気が供給されないはずなのにライトアップされるその芸術は不気味さを引き立てていた。


 彼らがもうすぐサンシャインビルに入れると思った時、ある魔力に最初に気がついたのは梓だった。

「まずい、クリス下がれっ!」

 梓の声は少しだけ遅く、クリスは足を踏み出してしまう。すると、クリスが足を置いた瞬間、一つの魔法陣がクリスの足元から浮かび上がった。クリスはすぐに一歩下がり魔力を練り魔法陣を警戒するも、その魔法陣は何事もなかったように消えていってしまった。


「まずい」

「ええ、まずいわね」

「おい、お前らあの魔法陣の効果分かるのか?」

「うん、アレは多分……」


 梓が説明しようとした瞬間、梓たちの周辺に半径二メートルほどの魔法陣がいくつもいくつも浮かび上がった。梓はため息を吐くと続きを話す。

「アレは他の魔法を起動するための魔法だよ。大規模魔法を遠隔起動させる時や、数十の魔法陣を一斉起動させるときにね」


「ほぅ、ってことはだ。今大量に出てきている魔法陣を起動させる奴ってことだな。そんで今出てきたこの魔法陣はと、さすがの俺でも分かるな。よく利用するよ……転移魔法だ」


 現れた数十の魔法陣からゆっくりとゴーレムたちが姿を現し、梓たちを取り囲む。それぞれ目立つ部位に武器の類はなく、小型魔具で動いているのだろうと梓は推測した。


「まずいわね、数体ならまだしも数十体。こんなに相手にできない。最近覚えたのだけど、これ日本語では四面楚歌の絶体絶命っていうのよね?」


「イリスは日本語が上手だね。四文字熟語も知っているのか」

 イリスと梓の軽い受け答えをしていると、クリスがため息を吐いた。

「おいおいお二人さんよぉ、そんなこと話してないでさ、とりあえず比較的ゴーレムが少なくて突き抜けれそうな公園の方へ行こうぜ……こんな状態で戦闘なんかできねえよ」


 いつもはボケに回るクリスであったが、場合が場合なだけに真面目にツッコミを入れた。そして彼らは話しながらも魔力を練ってこれから起こる戦いの準備をする。


 梓は四面楚歌な状態でありながらも少しだけ安堵していた。それは不意を打たれ混乱を起こしてもおかしくない状況で、皆が落ち着いており、現状をしっかり把握できている事は僥倖だったからだ。


「そうだね。突入できなそうだし、囲まれたままここで戦うのは危険すぎる。なら自分が魔法を放つからクリスは先陣を頼む、そしてイリスが二番目、最後に自分が行く」


 クリスとイリスが頷くのを見て梓は魔力を練る。すると、一部のゴーレムの召喚が終わったようで数体のゴーレムが大きく地鳴りを上げながらまるで目標を定めたイノシシのようにまっすぐこちらに走ってきた。


 梓は迫りくるゴーレムたちを見つめてタイミングを見計らい、魔法を具現化させた。

「行くよ……走れっ!」


 梓は自身の周りに二十四個の水球を浮かべると、ゴーレムたちの囲んでいるゴーレムたちの足元へ放った。クリスは梓の掛け声に合わせ、全力で地面を蹴る。


「うおぉぉおおおおおおお」


 梓が四方八方に放った魔法で辺りのゴーレムのけん制ができたものの、クリスたちの前には二体のゴーレムが立ちはだかった。クリスは一体のゴーレムの目の前まで走ると、勢いよく飛びあがり飛び上がり、魔力の込めた拳を振りかぶる。そして勢いよくゴーレムに叩きつけた。


 爆音が辺りにとどろき、砂埃が舞う。クリスの放った拳は丁度腕の継ぎ目に当たったようで、ゴーレムの腕は綺麗な放物線を描きながら後ろ側へ飛んで行った。

「フォトン!」


 イリスが魔法を発動させるともう一体のゴーレムにバスケットボール大の光球が勢いよく飛んでいく。そしてそれはクリスを攻撃しようとしていたゴーレムの足にぶつかり、その足を砕いた。足が砕かれたゴーレムの拳はクリスに接触することは無く、地面に突き刺さった。


「よし、今のうちに逃げよう」

 クリスを先頭に、彼らはまっすぐ公園へ向かう。すると先ほどのゴーレムのうちの大部分が梓たちを追いかけてきたようだった。クリスは度々姿を見せる公園内に居たであろうゴーレムを避けながら、なるべく広く戦いやすい場所へと出た。そして多少戦いやすくなったと皆が少し安堵した時、クリスは悲痛な声を上げた。


「うぁ……すまねぇ、またなんか踏んじまったみたいだ。うおお、なんかこれデジャヴってやつか?」


 梓は目を細めて辺りを見つめると小さく舌打ちをした。彼らが見ているのはつい先ほど見た光景だった。そう辺りに魔法陣が浮かび上がり、ゴーレムが召喚される光景。


「いや、クリス。デジャヴじゃないよ。すでに一度体験したことあるからね。それにしても僕も気がつかなかった。ここはトラップが多すぎる。多分クリスが踏まなかったら自分が踏んでいたよ」


 イリスは目の前の地面を見つめると自分自身の魔力を放出し、目の前の地面にぶち当てた。すると一つの魔法陣が浮かび上がるも、すぐに光を失いマナを霧散させながら消えていく。


「してやられたわね」

「うん、どうやら罠だったみたいだね」


 今になってやっと公園へ行く道にゴーレムが少なかった理由を理解した梓は、どうして気がつかなかったのかと自分に怒りを覚えた。


「……どうやら誘い込むためにわざと公園側にゴーレムを少なく配置したみたいだね」

 クリスは拳に魔力を集め、マナをまとわせる。


「まぁでもここなら建物をぶっ壊さずにゴーレムどもを駆逐出来るぜ」

「そう考えることにしようか。ああ、放出系は自分とイリスのいないところでお願いね?」


 梓は言い終わると魔法陣を具現化させ、召喚されつつあるゴーレム達に水球を放った。


--


 イリスは、魔法陣の罠を見つけることは苦手ではない。梓には一歩劣るものの、大抵の隠し魔法陣は見つけることができると彼女は自負していた。しかし見つけられるとはいってもかなりの集中力を使うため、今のような非常時に罠察知することは困難だった。ただでさえ戦闘によってそちらに意識がいっているのに、他の事を気にする余裕はなかったのだ。それは梓も同じであろう。そして彼女は踏んでしまったのだ。


 イリスの足元から第二の魔法陣が起動し、後ろから二体のゴーレムが姿を現す。いや二体だけではない。更に追加で数個の魔法陣が起動しているのを見ると、すぐに追加が出てきてもおかしくなかった。


 三メートルはあるその巨大な体がイリスのすぐ後ろ、手を伸ばせばつかまれる距離に。梓は今出せる限りの力でイリスの元へ走りながら、大声で叫んだ。

「後ろだイリスっ!」


 クリスを追っていたゴーレムに魔法を放ったイリスは、声を聞いてすぐにゴーレムの方を振り返り、とっさに小さな光の盾を構築した。だが石の棍棒を持ったゴーレムが、腕を振り下ろすと、即席で作った盾をあっさりと破壊する。盾を壊された衝撃でイリスは後ろに飛ばされるも、受け身を取りつつ杖を構える。だが、もう一匹のゴーレムはすでにイリスの目の前に来ており、彼女に詠唱する時間は無かった。


 イリスは土の汚れなんか気にせず、ただただ横にゴロゴロと転がった。それのおかげでなんとかゴーレムの拳はよけることができたのだが、ゴーレムの拳で割れたコンクリートの破片を体中に受けたイリスはそれなりのダメージを蓄積してしまった。


 イリスは歯を食いしばりながら、すぐに身を起してすぐに下がろうとするも、なぜか動けない。そこで彼女はさっきの破片で、足にダメージを負ってしまっていた事を知った。


 動きが鈍い。それはゴーレムたちの格好の的になることを意味していた。ゴーレムたちはドスンドスンと音を立てながら、イリスとの距離を詰める。


 一体のゴーレムが攻撃範囲に入った時、イリスは最低でも数本以上の骨がダメになることを覚悟した。最悪死んでしまうかもしれない事も。


 しかし彼女が最悪を想像した瞬間に後ろから声が聞こえた事で、彼女から笑みがこぼれる。

「ギリギリだね、イリス。大丈夫?」

「もう少し早くしてほしかったわ。でも、白馬の王子的には最高のタイミングよ」


 イリスの前に梓は飛び出すと、ゴーレムたちと対峙する。そして自身の周りに尖った氷を浮かべゴーレム達へ発射した。

 梓が放った無詠唱の氷魔法によって一体のゴーレムは体が崩れおち、もう一体のゴーレムは片足を失う。しかしすぐに再生は始まった。


「イリス、下がって回復魔法を」

 今度は立て続けに水球を放つと再生中だったゴーレムにとどめを刺した。

 しかし、一体倒したところで彼らが不利なのは変わらなかった。今もなお、他の魔法陣から出現しているゴーレムたちが梓を襲う。


 右と左から現れた二体のゴーレムはそれぞれ石の棍棒、石の拳で梓に攻撃する。二手からの攻撃を受けるため、梓は一歩下がり氷の盾を構築しようとしたが、それは叶わなかった。梓はコンクリートの破片に躓いてバランスを崩してしまったのだ。迫りくる棍棒をかわすために、梓は崩れた体制を直すことはせず、わざと地面を転がりすんでのところで回避する。しかし転がった先は待っていましたとばかりに、別のゴーレムが腕を振り上げていた。防御のためとっさに体中の魔力で体を覆いながら腕で顔をかばい、来たる衝撃に備えた。


 そしてその直後、耳をつんざくような轟音が辺りに響いた。


 梓はゆっくりと腕を下ろす。彼に大きな衝撃はなかったし、もちろん五体満足であった。怪力ゴーレムの攻撃は魔法で身体能力を強化しても、骨の一本や二本折れてしまってもおかしくないほどの威力である。なぜ自分は五体満足なのか、梓はその理由をすぐ知る事が出来た。


 梓は腕を下ろしぽかんと前を見つめる。彼が見たのは目の前のゴーレムが頭を失い、体が崩れていく姿だった。


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