事件発生 4
「まさか紅茶まで出てくるとは思わなかったわ」
「そうね……それにしてもこの紅茶とても美味しいですわ。どこの茶葉を使用しているのかしら。ああ、時間が有ればゆっくり飲みたいですわね」
美味しい紅茶のおかげか場所の所為か二人の怒気はおさまり、いつもながらの彼女たちに戻っていた。
「ちょっと二人とも、脱線しているよ。一応僕たちは話し合いのために来たんだから。ここの紅茶は美味しいことは分かるけどね」
梓たちは図書館の机を一つ借りていた。校内放送は図書館にも聞こえていたはずだが、図書館の主であるサクラさんは我関せずといった様子で普段どおりの営業をしていた。しかもそれどころか自前のティーセットで紅茶を入れ歓迎までしてくれたのだ。なんとなくだが学校の中に有りながら、学校から切り離されているように梓は感じた。
「それじゃぁ話を戻すけど、このゴーレムたちに使われている動力源は、二時間しか稼働できない極小魔具や一般向け魔具を核にしている。でも不思議じゃない? そんなのすぐにエネルギー切れになるのは目に見えている」
「仰るとおりですわね」
「だから自分はこれがただただゴーレムを暴れさせることが目的ではなくて、別のことが目的なんじゃないかって思うんだ。たとえば少しの時間稼ぎとか、わざと注目を集めるため混乱を起こさせるとか。沢山のゴーレム達がいれば魔法師を分散させられるし、何かをするにはもってこいの状況じゃない?」
「……まさかこれほどの騒ぎが時間稼ぎと? ありえないですわ」
「……まって麗華、梓の読みは正しいと私は思っているわ」
「イリス?」
イリスの反応に麗華は驚きの声を上げる。イリスはそんな麗華をちらりと横目で見ると、淡々と話し始めた。
「理由は三つある。魔法学園が有るため魔法師関連企業がこの辺りには沢山あること。ソレは何らかの儀式、実験をするにはその企業の施設を使える事を意味している」
イリスは指を二本立て、話を続ける。
「二つ目はこの街。マナの間欠泉があるほど、マナが濃い。何らかの大規模儀式や召喚をするのにうってつけね」
更に指を一本立て、三を作る。
「三つ目。これもこの街の特色でもある。他種族、他民族の人間が大勢いる。そうね、麗華に言わせると外人や獣人が多いということ」
麗華は目をつむり、手を開いたまますっと伸ばしてイリスへまったをかけた。
「おまちになって。すべてにおいて申したい事はありますが、三つめは特に詳しくお話しして頂きたいですわ。それだけ聞いても理解できませんの。いったいどういうことかしら?」
高圧的な麗華の言葉と視線に晒されながらイリスは表情一つ変えず話をする。
「それはね、外人が街に違和感なく溶け込めるって意味よ。それによって彼らが行動をしやすいわ。まぁこの魔法学園があるから、そうなったのでしょうけど」
「イリス、それじゃ説得不足ですわ。いえ、こういった方がいいかしら。イリス。あなたは何を知っているんですの?」
「……三番目は自分も納得できないね。近衛さんも言っているけど、まるで犯人が日本人ではないことを確信していない? まぁ君が断言しているってことは、僕たちの知らない何らかの情報を得ていて、それを加味して断言している。ではないかな?」
梓の言葉を聞いたイリスはくすりと笑う。
「ふふっ。さすがよ、麗華、梓。その通り」
実はと前置きをしてイリスは語りだす。
「少し前の話だけど魔法学会である論文を出した人物がいるの。その人物は要注意人物としてウチ、ローゼンクロイツは目を光らせていた。なぜなら彼は学会で批判を浴びた論文を実現させようと、ウチの子会社に協力を求めてきたから。もちろんウチは断ったわ」
「どうして要注意人物になったのか聞いてもいいかい?」
「ええ、理由は簡単よ。非人道的だったの」
「非人道的……。それは致し方ないですわね」
麗華の言葉にイリスは頷く。
「ええ、その後彼は自身の協力者とお金を集めるためヨーロッパを転々としていたけど、ローゼンクロイツの妨害もあってヨーロッパでは実現が難しいと悟ったのね。そして日本に来たの。まぁ、私と両親がヨーロッパ中の子会社を回ってその人物の追い払いをしていたから当り前なのだけど。私の入学が遅れたのはそのせいよ」
彼女は紅茶を一口飲むと話を続ける。
「それでその人物は日本に来て手始めにオレンジ社に研究協力を申し出たけど、オレンジ社はそれを断った。噂では、冷たくあしらったらしいわ。まぁ当り前ね。そんなことしたら自社の声明を傷つけることにつながるから」
「オレンジ社って小型魔具の盗まれた……まさか協力してくれないなら奪ってしまえって事かな?」
「そんなことを考えていたのかもしれないわね。ローゼンクロイツでも嫌がらせは受けたし。なによりオレンジ社は目撃証言から犯人と推測しているらしいわ」
イリスの言葉を聞いた麗華は呆れたように呟く。
「最低の人ですわね」
「ええ、その最低の人物は自身の事を『パラファウスト』と名乗っていた」
梓は何かを考えるように口に手を当てる。
「パラファウストって中世時代に居たあの『ファウスト』から取ったのかな? 悪魔『メフィストフェレス』を召喚して少しの間自身の管理下に置いたって言う」
「多分そこから名前を持ってきていたのでしょう。彼の論文が、『メフィストフェレスの召喚論』だったから」
麗華は大きく息を吐く。
「無理ですわ。一個人で悪魔の力を制御できるはずありません」
「麗華の言うとおりね。ファウストのように魔力と意志力を持った人間なんて現代には多分居ないでしょう。だから彼は別の方法でメフィストフェレスを召喚する事を考えたのよ。生きた人間を生贄に捧げることでね。それが非人道的として非難されたわ」
「生きた人間を……?」
「そう、最低でも数十人以上。特別な魔法陣で用意した生贄から少しずつ魔力と生命力を使用し、メフィストフェレス召喚に消費する魔力を削減するらしいわ」
「ということはだ、それをするには生きた人間が数十人は必要になるんだね?」
「でも日本でそれをやろうと思いますか? そんなに人を攫うなんてできるわけ無いですわ。唯でさえセキュリティが硬いのですよ。ましてや数十人なんて何か大きなトラブルや事件が起こらないかぎり…………いや、でもまさ……か」
話していくうちにだんだん血の気が引く麗華。
この時点でここに居る皆はもう気がついていた。パラファウストが居る可能性があること、町中から魔具が盗まれていること、また盗まれた魔具を核としたゴーレム達が暴れていることに。
「否定はできない、ね」
梓は冷たい声で吐き捨てる。彼の対面に座っていた麗華は髪の毛を掻き揚げ、少しいらだった様子でスマホを取り出した。
「ああっもう! わたくしは家に電話して行方不明者が居ないか調べて貰いますわ。この混乱のさなかじゃ、正確な情報は得られないでしょうが!」
そう言って彼女はスマホを弄ると実家へと電話をかける。その様子を見ていた梓やイリスもスマホを取り出した。
「自分は沖に連絡を取ってみるよ、あっちがどうなっているのか気になるしね」
「私はパパに連絡してみるわ。パラファウストの情報を集める」
そして梓たちもそれぞれ電話を掛けた。
電話自体は数分で終わったものの結果は梓達にとって散々なものだった。
「パパに聞いてみたけど、パラファウストは日本のこの街の近くに居ることは間違いないわ。オレンジ社の重役がそう言っていたそうよ。あとオレンジ社は魔具を盗んだのはパラファウストで間違いないと断定しているそうね」
「わたくしが聞いたところによると、既に町の住人が幾人か消えていることと、ゴーレムが人間を攫っているという情報があったそうですわ。それと街を守るための魔法連盟も警察も人数が足りないようね。それで学園の教師たちは町を守るため結構な人数が出払ったそうですわ。ちなみに他県から追加で魔法師が派遣されると聞きましたが、一時間以上はかかるらしいわ」
「そうか、足りない分は学園からも補充するみたいだね。沖が言うにはシルバー以上の魔法師は街でゴーレム退治に加わるんだってさ。それと学園の方はまだ被害はでていないみたいだね。教師、風紀委員、生徒会が進入を防いでいるみたい」
皆は今の情報をつなげて最悪の結果を想像したのだろう、静寂が辺りを支配する。梓は重くなった空気を吹き飛ばすかのように大きく息を吐いた。
「現状を確認しよう。今居る魔法師達だけではこのゴーレムたちから一般人を守るだけで精一杯だ。そしてこの街に他の魔法師達が集合するには一時間以上は掛かる……最悪だね」
「それと町中にゴーレムが発生し始めてからかなりの時間が経過していますわ。仮にメフィストフェレスの召喚をするとしてパラファウストはどれぐらいの時間見積もりをしているかしら? ……聞く以前の問題かもしれませんわね」
「……魔具の耐久は二時間、だったら『人をさらって儀式が終わるまで』を二時間に収められるようにすると思うわ。儀式中に乱入者が来てしまったらその儀式は失敗でしょう?」
イリスの言葉を聞いた梓はスマホを手に取ると時計アプリを起動する。
「普通に考えるとイリスの言う通りだろう。だとしたら追加の魔法師は間に合わない」
こっちに来るだけで今から最低一時間かかる。ここに到着したときにはすでに小型魔具の埋められたゴーレムは崩れ始めているだろうし、何よりメフィストフェレスが降臨している可能性が有った。
「考えうる最悪を防ぐ為には、もうわたくしたちが動く以外の方法はないですわね」
「ついでに時間は今も刻々と過ぎている。時間稼ぎのカギであるゴーレムの稼働時間を考えると、事件発生から二時間以内にパラファウストを捕まえないとまずい」
「そうね。現時点でゴーレムが現れ出した時間から一時間は経過しているわ、動くなら今しかない」
イリスの言葉を聞いた麗華はカップを強く握りしめポツリと言う。
「……わたくし達の考えが杞憂でしたら良いのに」
再度訪れる沈黙。彼ら三人は目の前の紅茶を飲むこともなく、ただただテーブルを見つめるだけ。
梓は麗華の言葉が耳から離れない。頭で情報を整理するも出る結論はすべて同じで、彼の頭には声が響いていた。
『楽観視して良いのか? それでいいのかえ? そんなわけないじゃろ』
梓は一人頷く。情報の信頼度は高い。だったらパラファウストがメフィストフェレスの召喚を考えている可能性もまた高いだろう。ここで安易で楽観的な発想なんかで動かず、本当に最悪の事態が起こってしまったら? この街のどこに居たって殺されてしまうだろう。それがたとえ実力者の揃う学園に居たとしても、大変危険なのは変わりない。そう考えると梓は動かないわけがなかった。
「確実に予想は当っている。この騒ぎだけで収まるわけがない」
梓は断言する。この騒ぎを起こすことのリスクを考えれば、そうであろうとしか思えなかった。
「ならどうやって阻止するというの? そもそもパラファウストはどこにいるのかも分からなくてよ」
「場所は……ゴーレムの発生位置から割り出せないかしら?」
「メフィストフェレス召喚、そうなれば儀式するだけの施設とマナが無ければならない。そんな場所が沢山あるわけではないし、ゴーレムたちの出現場所を調べることができるなら……案外うまくいくかもしれないね」
「その辺りの情報は……警察や魔法連盟が詳しそうね」
「わたくしから魔法連盟に声をかけてみますわよ?」
麗華の言葉を聞いた梓は腕を組み何かを考えると、首を振った。
「いや、自分が魔法連盟に話してみるよ。近衛さんは実家の方に応援を急ぐようにお願いしてもらっても良いかな?」
「わかりましたわ」
「大体の話もまとまったし、すぐ動きましょう」
イリスの言葉に梓と麗華は頷きティーセットを持って立ち上がる。そして桜さんの後ろ側に有る流し台にティーセットを置くと受付の前に立った。
すると黙って梓達の話を聞いていたさくらは、パソコンから視線を外す。そしてゆっくりと椅子を回転させ梓たちの方を向いた。いつものように笑顔を振りまく彼女に梓は礼をする。
「ありがとうございます、サクラさん。匿ってもらった上に場所使わせてもらって」
「いえ、こんな時はだれも本を借りようと思わないでしょうし。問題ありません」
麗華はサクラさんに近づき言葉をかける。
「その、貴方はここから逃げ出さないのですか? 学校は実力者たちが抑えているとはいえ、危険な場所に変わりはないのではなくて?」
麗華の言葉を聞いた桜さんはニコっと笑った。
「私がここから動くことはありません」
梓は目を細めてサクラさんを見つめる。
「サクラさん、それは自分たちの会話をすべて聞いていてそう言うのですか?」
梓の問いに彼女は顔色一つ変えず、頷いて口を開く。
「貴方達の最悪の予測が当たったとして、メフィストフェレスがこの世に召喚されたとしましょう。そしたらこの都市のどこに居たって危険です」
「だったら、だったらここから逃げるべきではありませんか?」
イリスがサクラさんに詰め寄り、話している言葉をさえぎって言う。いつもは淡々と話すイリスであったが、今は少し早口で少し語尾が高い。
「でも私は知っています。この都市は崩壊はしません。私は崩壊を止めるため動いていらっしゃる方々を知っていますし。だから私はいつも通りに本を管理するのです。明日本を借りようとする人のために。それともうひとつ……」
彼女はソーサーとカップを持ち上げ、梓たちに小さくウインクする。
「今度はゆっくりお茶を飲めるように、ね」
イリスは何も言わずに笑顔のサクラさんから視線を外し、くるりと身を翻す。そしてすたすたと歩きドアから出ていった。それを横目で見た梓はサクラさんに一礼をし、まだ何か言いたげな麗華の手を引いて外に出た。
梓たちが外に出ると、そこはすでに日が沈んでいた。辺りを染めあげる漆黒の空には、小さな星たちが光を放ち彩っている。また温かかった風は、もう冷たくなってしまっていた。
梓は麗華を外に出し、ゆっくりとドアを閉めるとイリスを見つめる。イリスは拳を固く握り、星空を見つめながらぽつりと呟いた。
「たとえパラファウストやメフィストフェレスと戦闘する事になっても、絶対に負けられないわね」
イリスの言葉に梓と麗華は深く頷いた。
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