事件発生 3
「くりっち、大丈夫だった?」
沖と愛理は扉を開け、まっすぐにクリスの元へ歩く。クリスは自分のタブレットで何かのニュースを見ているようだった。
「おう、部活終わって着替えてたら急にスマホやら校内放送やらから警報が鳴ってな、とりあえず教室に戻って現状確認してたとこだ。お前らの方は大丈夫だったんかよ?」
「見ての通りだよ」
沖は肩をすくめる。彼の制服は所々が汚れており、手にはクナイがにぎられていた。そしてそれは愛理も同じようなもので、違いが有るとすれば手に持つ武器が護符になったぐらいであろう。
「そう、か。ゴーレムはどうだった?」
「一言で言うとやっかいだね」
沖はクナイをしまうと、愛理も同じように手に持っていた護符をしまった。
「ゆうの言葉に補足だけど、あいつら凶暴すぎるんだよねぇ。それに弱点がはっきりしているやつと、そうでないやつがいるんよね。魔具持ってるやつは魔具をどーにかすればいいんだけど、ぱっと見持ってない奴が倒すのに苦労するかな」
クリスは少しだけ目を細めると、机の上を指でトントン叩きながら沖たちに尋ねた。
「おいおい、弱点ってほかにもあるだろ? ゴーレムに真理は刻まれていなかったのか?」
「ああ、僕たちが見たところでは刻まれてなかったね、その代わりに……」
「その代わりに?」
「個体によっては『鬼』という文字が刻まれていたらしいよ?」
それを聞いたクリスは素っ頓狂な声をあげた。
「お、鬼ぃ?」
沖はクリスの机に腰掛けると腕を組み大きく頷く。
「そうそう、鬼の文字。そう、今思えばあのゴーレム達、文字通り鬼のようだったね」
「漢字だったから西洋魔法じゃないのかもしれないねぇ、なんて思っていたんだけど、東洋魔法にもあんなのないし……。なんなんだろうね」
「不思議だな……」
その時がらりとドアが開く。沖達はドアの方を向くとそこから次々とクラスメイト達が入ってきた。
先ほど来た人たちで学園寮に住んでいる生徒や部活で残っていたクラスメイトは、これでほぼすべてこの教室に集まっただろう。しかし梓、麗華、イリスのように部活に入っておらず寮住まいでない者はここにはいなかった。クリスは教室に入ってきた人達に声をかける。
「おぅい。お前ら陸部の走りこみ組だろ? 外の様子はどうだったよ?」
「ああん? 最悪だよ。ゴーレムであふれてる。そのせいで学園の第一演習場は非難した街の人でいっぱいだよ」
「戦闘は?」
「一回だけ、こっちが六人であっちが一体だったけど危なかったぜ、あいつ凶暴で速いんだよ。タイマンだったら詠唱中に負けてたな」
クリスは親指を立てる。
「そうか、無事でよかったぜ」
「全くだよ」
そういうとクラスメイトは自分の席に座る。
「麗華やあずちゃん達大丈夫かなぁ」
クリスの後ろの席、梓の椅子に座っていた愛理はポツリと言う。そんな彼女を見つめながら沖はポケットからスマホを取り出した。
「愛理、そういえばメールを送っていたね。返信は来たのかい?」
「返信はきたんだけどね。ちょっと心配じゃん? あ、麗華とあずちゃんとイリっちの三人でこっちに向かっているらしいよ」
その時がらりとドアが開き数人が入ってくる。クリスたちは期待の目で彼らを見つめるも、それらの人は彼らが話していた人物ではなく、別のクラスメイトだった。そんな彼らは自分の席や仲の良い友人たちの席へ一直線に向かっていった。
「ん、違ったか。でもま、あいつらは負けることはないだろうし、ここに来るのは時間の問題だな」
「そうだね。近衛さん達が負けるところは想像できないね……」
と話しているときだった。再びドアががらりと開き、三人の男女が扉から入ってくる。それはこんどこそ噂していた彼らであった。そう、彼らであったのだが、なぜか沖たちは一瞬彼らが別人と錯覚した。それは制服の所々が汚れていたのもあるが、それ以上に雰囲気がいつもの彼らと全く違うからだった。
「学園側は比較的安全でも、北地区の方が危ないんじゃない?」
「いいえ! 魔法連盟が真っ先にそこに向かいましたわ。ですからわたくし達は駅の西側の皆を避難させるべきではないですこと?」
「麗華、それはあまり意味がないと思うわ。すでに魔法連盟が動いているのでしょう? 今から動いた所で、西側も魔法連盟が既に活動していそうだわ。それなら私たちはおまけ程度にしかならない。だったら根本の解決を目指すべき」
「自分もイリスに賛成だ。それと仮説が正しければ、今来ている魔法連盟からのヘルプは全くの無意味になるかもしれない」
「またそれですのっ! ではそろそろ聞かせてくださらない? 貴方の仮説とやらをっ!」
三人は音量を調節する部分が壊れたスピーカーのように、まるで拡声器をつかったように辺りに声を響かせる。近衛家次女である麗華お嬢様、ローゼンクロイツ社長令嬢が鬼のような剣幕で喋り合っているせいか、梓たち以外の周りは唖然とし、じっと彼らを見つめる。クリスは近づいてくるだけで怪我しそうなほどの剣幕に圧倒されながら声をかけた。
「よ、よう無事でよかったぜ。何体倒した?」
梓は自分の席を見て、愛理が座っているのを見ると、机の上に座る。
「十八?」
「雨乃宮君は最後に二人避難させながら倒した分入れておりますこと?」
「ああ、自分が避難させていた時倒したんだね。じゃぁ十九か」
梓たちの報告で、沖達だけでなく近くにいたクラスメイト達まで完全に沈黙した。実際にゴーレムと戦闘した人間に至っては顔が少し青くなっている。そんな驚きの報告を聞いた沖は苦笑いしながら首を振った。
「ははっ、やっぱり心配はいらなかったね」
とその時、授業開始チャイムを流している白いスピーカーから大きなノイズが走ると、すこしして低い男性の声が聞こえた。
『あ~あ~、うん聞こえているね。学校に残っている生徒は第二競技場に集まるように。繰り返す第二競技場に集まるように』
その放送を聞いた梓は小さく眉をひそめる。その様子に気がついたイリスは梓に声をかけた。
「梓、どうしたの?」
沖や愛理はすでに立ち上がり歩き出す寸前だった。皆はイリスの声で後ろを振り向く。
「いや、早々に話し合いたいことが有ったんだよ。競技場で何するかは分からないけど面倒そうなきがしてね」
「では放送は無視ですわね。さっき来たばかりで放送は聞き逃した事にしましょう」
麗華は悪びれもせずそういうと、梓はこくりと頷いた。
沖は愛理と目線を合わせると軽く首を振る。すると愛理は小さく頷いた。
「じゃぁ僕たちが第二競技場に行ってくるよ。何かあったらメッセージ飛ばして。クリスはどうする?」
「ん~俺は競技場へ行くぜ。サッカー部の顧問に顔見られてるしサボれねぇわ」
「わかった。沖、後で話の内容教えてくれ」
「ああ、じゃぁね」
そういうと沖は踵を返す。それに続いてクリスが歩き出した。愛理は笑顔で手を振ると向きを変え、先に歩いて行った二人を小走りで追いかけた。三人以外教室にいなくなったところで梓は口を開く。
「さて、良い場所があるからとりあえずそこに向かおうか。多分今も開いているだろうし」
そう言って梓たちも教室を出る。そして沖たちと真逆の方向に歩き出した。
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梓達の推論を聞いた三人、沖、クリス、愛理。普段であればすぐにふざけるクリスや愛理であるが、今日はいつものようなふざけた言動は一切なく、堅く口を閉じている。重い空気が漂う教室の中、口を開いたのは沖だった。
「それでだけど、沖たち三人の協力が必要なんだ……かなりの危険が伴うんだけれど……手伝ってくれないかな?」
梓はそう言って上目づかいで沖達を見つめる。すると沖にしては珍しく大きく口を開けて笑いだした。
「ふふっ……もちろんさ。手伝うよ。だけどね雨乃宮君。確かに君達の仮説は正しそうだと僕は思う。だけどパラファウストはどこに居るのかは分かっているのかい?」
がたんと席を立つ音が聞こえる。それは梓ではなくイリスだった。
「それの目星は付けているわ。ここよ」
イリスはためらいなく梓の鞄に入っていたタブレットを手に取ると、地図アプリを起動してこの街の一部を拡大化させた。そしてある一か所にフラグを立てると、他の皆に見えるようにタブレットを傾けた。
「ここって……」
沖と愛理が小さく驚いた。それもそうだ。なぜならイリスが示した場所は彼女の街案内の時に一度話に出ていた場所だったからだ。
「わたくし達はここですると踏んでいますわ。いままでの魔具盗難事件の起こった場所を調べたデータを送っていただきましたの。それでここを中心に起こっていることがわかりましたわ」
「なぁるほどね。『サンシャインビル』。儀式場の貸し出しもしているし、近くの公園にはゴーレム素材の土くれや石もある……」
真剣な表情で愛理は一人うんうんと頷く。
「そこへ行って阻止しようとしていることはわーった。んで、具体的にはどうするんだ? 仮にそこが本拠地だとしたら襲ってくるゴーレムがうようよいるんじゃねぇか?」
「そうだろうね。だから自分たちは二つのチームに分けたいと思う。一つは陽動班、もうひとつが突入班ね」
「ウチもう読めた。シンプルな作戦ねぇ。有効的だと思うけど」
「まぁ、一応言うね」
そう言って梓はイリスに手を差し出す。するとイリスは持っていたタブレットを手渡した。
「まずは陽動班が南門からいったん外へ出て、南へ向かってそこで暴れてもらう」
梓は指でタブレットを操作し、学園南の町中に一つの赤いフラグを立てる。
「ここで暴れてもらう。そして陽動班が暴れ始めて五分くらいしたら今度は前もってこっちのコンビニに待機していた突入班が西へ向かう。そして『サンシャインビル』へ突入するんだ」
「ふうん。ねぇ、あずちゃん。作戦は良いと思うけど班分けはどうするの?」
愛理の問いに答えたのは麗華だった。
「練習試合に使っていた三人で考えていますわ」
クリスは腕を組みながら頷く。
「ま、それが妥当だな」
-- 事件発生から 七十分経過--




