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事件発生 2


「いたわ」

 イリスが杖を掲げ詠唱を始めると、麗華は長刀を構え、前に走り出した。梓は辺りを見回し、逃げ遅れた人がいない事を確認すると、ゴーレムに視線を移す。

麗華はゴーレムに向かって一直線に走ると、魔力を込めた薙刀でゴーレムに切りつけた。


「さすがは三条の薙刀……」

 土や岩でできたはずのゴーレムたちが、まるで豆腐を切っているかのようにバラバラと切断される。


「麗華、気をつけて。もう一体」

 麗華は足に力を込め、大きく後ろに飛び退くと、ちょうど麗華が立っていたところにゴーレムの腕が振り下ろされた。


 彼女達が戦っていたゴーレムは西洋術専門家であるイリスや梓から見て異常だった。本来ゴーレムは元の物質が鉄やダイアモンドのように比較的堅い物でなければ、それほどの強度は出ることはないのだ。しかし目の前のゴーレムは、見た目は普通の石、土で出来ているのにかかわらず、麗華が立っていたアスファルトの地面に、大きな穴を開けていた。


「異常な力ですわね……凶暴で行動速度も速い。それに……」

 麗華は目を細めアスファルトからゆっくり腕を引くゴーレムの後ろ、麗華自らが刻んだゴーレムを見つめた。そこには壊れたアスファルトを自らの体に吸い寄せ、新たな体としているゴーレムの姿が映っていた。切り裂いた腕や足には一回り大きな灰色のアスファルトがくっつき、前よりも不格好でゴツゴツした体になっていた。


「ゴーレムの特性上、体が少し壊れたぐらいでは意味はありませんわね……コレどう処理しましょうか」


 麗華は長刀を構え、ゴーレムたちの様子をうかがっていると、自身の後ろから大きな魔力を感じ、ちらりとそちらを向くと同時にその場から飛びのいた。


 イリスは自身の前方に魔法陣を具現化させると、魔法を発動させる。魔法陣からは白い光をまとった槍がいくつもいくつも出現し、ガトリングガンのように連続で発射された。


 イリスの光の槍は少しだけ難があった。一つ一つの光の槍はそれほど威力があるわけではない事だ。着弾したゴーレムの体を少し削るくらいの威力しかなく、機能停止に持ち込むにはまだまだ威力が足りない。しかし数十、百と出てくる光の槍は数の暴力となって二体のゴーレムに襲いかかった。


 一体のゴーレムは体中を削られ、やがて体を前方に倒し、復活する兆しを見せなかったが、不格好なもう一体は、あの光の槍を受けてもまだ行動が出来るようだった。ゴーレムがまた体を周りの石を集め、再生しようとしているのに気が付いた麗華は、前に飛び出し薙刀で体をバラバラに切断する。そしてやっと、二体のゴーレムは完全に沈黙した。


 大きく深呼吸する麗華に梓とイリスは近づくと、その横で崩れたゴーレムの残骸を見つめる。


「確かに異常なゴーレムだね。さすがあんなのまともに食らったら、体中の骨がばらばらになるよ。それにどうしてこんなに凶暴なのだろう? ゴーレムなんて力が強いだけで動きは遅いずなのにこのゴーレム達は速い。そして攻撃的だね」


「戦ってみると良く解る。それなりの力がないと、あいつを倒すのは難しい。最低でもブロンズ複数人。安定して戦うならシルバークラス」


 麗華はイリスの言葉に頷きながら、じっと崩れたゴーレムを見つめる。

「それに弱点が解りにくいですわ。本来なら『真理』もしくは動力源となっている魔力媒体を破壊すればいいのですが、魔力媒体がすぐに発見できないゴーレムも多い……」


 イリスはゴーレムの残骸を蹴飛ばし何かを探すように覗き込む。

「そうね、杖や槍を持っていれば狙う場所が絞れるから倒しやすいのだけれど、ほとんどはアクセサリー型なのか何処にアイテムがあるか解らない。それに真理らしき文字が見当たらない。代わりに見つけられるのは……鬼の文字」


「ああ、解らないことだらけだね。気になる事も多いけど、足を止めずに助けられる人たちを助けるためにも進もうか、とりあえず学園へ」


 ゴーレムたちの影響で電車が止まり、移動手段が徒歩になった梓たちは、立華女学園から北へ進み、魔法学園を目指していた。そんな彼らのゆく手を阻むように、十体以上のゴーレムが彼らの前に立ちふさがり、そしてすべてが彼らの手によって崩れていた。


「急いで。魔法学園に!」

 梓は辺りで逃げ遅れた人々を誘導しながら学園に向かうように指示を出す。そして人の気配がなくなるとイリスと麗華の元へ近づいた


「報告を聞く限りだと百を超えるとは聞いていたけど、戦ってみるとつらいね。多すぎる上に思ったより強いし」

「多分この辺りだけでも数十は居るわね」

「ゴーレムごとき『焔龍』のような強力な魔法で一掃したいところですわ。もっとも」


 逃げ惑う人々、崩れる家。そんなところに広範囲に影響の及ぼす魔法を放ってしまうのは明らかに危険であり、それは麗華もよく分かっていた。

「こんな町中じゃ使用できないのが残念ですわ。人を巻き込みかねないし、火災の二次災害すら起こりえますわ」


「そのとお……っ」

 周りを見渡していた梓は言葉途中で走り出す。梓が向かった先には、十字路から走ってきた三十代くらいの男女と立華女学園の制服を着た女性の計三人、そしてその後ろに塀を壊しながら三人を追いかけるゴーレムが居た。


 立華女学園の制服を着た女性はだんだんと追いついてくるゴーレムの足止めをしようと思ったのだろうか、急にゴーレムの方を振り向くと、魔法陣を具現化し詠唱を始める。そして足に向かって初級の火魔法を放った。


 しかし彼女のそれは全くの無駄だった。彼女の蓄えきれていないマナ、しっかり混じり合っていない魔力。生み出された火の矢は、ゴーレムの足に着弾したが、足の一部が欠ける程度のダメージしかなく、再生力の高いゴーレムには時間稼ぎにすらならなかった。いやむしろ足を止めて魔法を放ったせいで、その少女は距離を詰められてしまっている。



 魔法を放った少女はゴーレムを見て唖然としていた。自分の魔法を意に返さずまっすぐ距離を詰めてくるゴーレム。少女の手は震え、持っていた杖をゆっくり落とす。また少女の足も、がくがくと震えだんだんと腰が下がり、ペタンと尻もちをついた。


 少女は迫りくるゴーレムの動きが、だんだんとゆっくりになっていくように感じていた。それはゴーレムだけにとどまらず、他の者も景色も音さえも同じようにゆっくりになっていた。それはまるでスロー再生しているかのようだった。そんな中、少女の思考はスローな世界と真逆に高速回転している。それは彼女に不思議な幻覚をもたらした。今少女の目の前には両親の姿、よく勉強を教えてくれる従姉妹、今日会った学校の友達、それらが次々に現れては消えていく。


 しかし目まぐるしく変わりゆく幻覚の中に、突如魔法学園の男子制服を着た可愛い人の姿が目に入る。それは先までのようにはかなく消えさることはなく、ただそこに有り続けた。



 梓はちらりと少女を見つめるとゴーレム向かって杖をふるう。すると鋭く尖った五十センチほどの氷が現れ、向かってくるゴーレムに飛んでいく。詠唱も言霊もない、自らの魔力だけで放った速攻の氷魔法であったが、それはゴーレムの右足を簡単に砕いた。


「大丈夫かい? 立てる?」

 ぽかんと見つめる少女に向かって彼、梓は手を差し伸べる。少女が震える手でその手を掴むと梓は力を入れて引っ張る。少女はゆっくりと立ち上がると、じっと梓を見つめた。そしてハッと我に返ったのか急にピクリと動くと梓に向かって礼をした。


「あ、あの、危ないところをありがとうございます」

 彼女はあわてて礼をしたためか、彼女の頭に結われているポニーテールが激しく揺れた。

「ああいいよ、気にしないで、それよりもほらこれ」


 梓は揺れるポニーテールを見ながら、自分の上着を脱いで少女に渡す。彼女は一瞬キョトンとしていたが自分の服を見て顔を真っ赤にした。それもそのはずであった。上着を着ていないため、ワイシャツ姿だったが、彼女のワイシャツは大量の汗で肌にぴっちりとくっつき、中の黒い下着が透けて見えたのだ。


「すぐに着て……そうだね、君の学園方面じゃなく魔法学園に向かって逃げて。そっちの方が安全だから」

「何から何まで、ありがとうございます。あの、上着はクリーニングして返します」


「ああ、そんなの気にしなくていいよ。この事件が解決して家に帰れたら、捨ててくれて構わないから。それよりも早く魔法学園に逃げて。またゴーレムが来そうだし」


 少女はもう一度礼をすると魔法学園の方へ走って行った。梓は小さくなる彼女の姿を見ていたが、やがてくるりと向きを変える。彼の前にはこちらに向かって突進してくるゴーレムの姿が有った。梓はすぐに魔法陣を具現化させ、マナを集める。そして集まったマナを使用して七つの水球を作り、ゴーレムに放った。


 水球はまるでプロ野球選手が投げたストレートのように、高速でゴーレムの右腕、左足の関節に直撃し、その部位を吹き飛ばした。それでも再生を始めるゴーレムに梓はもう一度同じ魔法を唱える。今度は頭、左手が吹き飛ぶとやがて自らがゆっくり崩壊していく。崩れる姿をじっと見つめていた梓であったが、何かを見つけたのか崩れたゴーレムに近づき、足元から一つの魔具を手に取った。


「イリス、近衛さん、ちょっと見てくれないか?」


 ゴーレムの猛攻を防ぐイリスと、逃げる人々を誘導していた近衛さんはちらりとこちらを向く。そして二人とも手を離せないことを悟った梓は、『ごめん、この場をなんとかしてからにしよう』と叫んでまっすぐイリスの方へ向かった。


 イリスは三体を同時に相手しているようだった。彼女得意の光魔法を駆使して、街の人々の方にゴーレムが行かないように壁を作るものの、ゴーレムの重い攻撃で壁はすぐに砕けてしまっていた。そして砕けるたび彼女は魔法をかけ直している。


 梓は杖を突きだすと魔法陣を具現化させる。彼が狙っているのは弱点のさらけ出されている杖を持ったゴーレムだった。梓はそのゴーレムに向かって七つの水球を放つ。水球はゴーレムが杖を持っている左腕に向かって飛んでいくものの、七つのうち三つは狙いがそれて、別の部位に飛んで行った。ゴーレムは体をずらし、胴体で左手をかばう。そして右手で頭をかばった。水球は右手とお腹周りの一部を破壊したが、それでも停止することはなかった。梓は少しだけ首をひねりながら、再度水球を作り左手を狙って発射する。守るための右腕はなく、ましてやお腹周りの岩が削れているゴーレムは格好の的だった。水球は梓の狙い通りゴーレムの右腕に命中し、ゴーレムは崩れだした。


「梓、よこぉ!」

 突如後ろから聞こえたイリスの声に反応し、梓はその場から前方、崩れていくゴーレムの脇へ跳ぶ。すると梓の耳に『ぶぅん』と空気を裂く鈍い音が聞こえた。

「あ、あぶないねぇ」


 梓は振り返りながら、魔法陣は使わず魔力のみで水球を作り上げると迫っていたゴーレムに放った。そして後ろに後退し魔法陣を具現化させ、ゴーレムにぶつけて体を削り取る。梓が戦っているゴーレムは何処に魔具が埋め込まれているか分からないタイプであったが、運よく魔具の部分を破壊できたようで、ゴーレムは音を立てながら崩れていった。ふと梓が周りを見てみると、イリスが残る一体のゴーレムを倒し終わっており、街の人々の誘導を終えたらしい麗華が梓のもとへ走ってきていた。


「ここも片付きましたわね」

「やっとだよ」

 イリスもこちらに向かって走ってくる。彼女は少しだけ息を切らしていた。それも無理もない。彼女はずっと複数のゴーレムたちから街の人々を守り続けていたのだから。


「それにしても雨乃宮君がした無詠唱の氷魔法、度肝を抜かれましたわ」

「ああ、見ていたんだ。アレはとっさに魔力だけで放ったからね。魔力の消費が半端じゃなくて。あまり使用できないと思っていて欲しい」


 麗華は口をへの字に曲げて、ジト目で梓を見つめた。

「まったく……簡単に使っておいて良く言いますわ。あんなのを使用できるのはシルバー以上ですわよ」


 梓は『ははは』とわざとらしく笑うと、呼吸を整えていたイリスがゆっくり口を開いた。

「ふぅ。それよりも梓、私たちを呼んだ理由は?」

「ああ、そうだった。これを見て」


 梓はポケットから一つの魔具を取り出すと二人に差し出した。麗華はそれを手に取るとじっと見つめる。

「これはオレンジ社で盗まれた魔法具ではありませんこと?」


 麗華は魔具をイリスに渡すと、イリスは何処からかルーペを取り出し、じっと見つめる。

「そうね。デザインも一致。予想は出来るけど、何処から?」


 イリスはルーペをしまい魔具を梓に返す。梓は受け取った魔具を自分の胸に押し当てた。

「これがゴーレムの胸に埋め込まれていたんだよ。魔道具の見えないタイプは体にこいつが埋め込まれているかもしれない」


「それなら盗んだ数を考えると二百体以上のゴーレムがいてもおかしくないわね。すべて倒すのは大変よ。数体でこんなに手間取るのに。それに魔具が小さいからクリティカルさせることが難しいわ」


 梓は首を左右に振りながら魔具を突き出した。

「確かに普通に戦えば倒すのが難しい、というより面倒だね。だけど動力源にこれを使っているならもっと重要な弱点があるじゃないか。僕ならこんな高いくせに性能的ミスを持った商品を使わないよ」


 梓の言葉に麗華は眉をひそめる。

「もったいぶらないで言ってくださいな。なんですの?」

 少しだけ苛立った様子の麗華の隣で、何かを考えるような仕草をしていたイリスだったがやがて大きく頷いた。


「なるほど……『使用時間』ね」


 梓はイリスの目を見つめて答えた。

「そう、この製品の重大な欠点。値段は今置いておくとして、もうひとつ。二時間しかない使用時間だ」


 梓が断言するように言うと、麗華は少しだけ目を細める。

「待ってくださいな、仮に使用時間が弱点だとしても、一体のゴーレムに二つの魔具を持たせることは無きにしもあらずではなくて?」


「確かに、複数持たせれば長時間持たせることができる。でも街に現れたと噂されるゴーレムの数と、盗まれた魔具の数を考えると複数持たせることは考えづらい」


 街を大混乱に陥れるほどのゴーレム。その数は数十体どころではない、数百は現れていると情報があったのだ。それを考えると二百ある魔具は一つしか埋められていない確率が高いと梓は踏んでいた。


「現に僕が倒したこいつは一つだった。だから多分他も同じだと思う。それとさ、今までに遭遇したゴーレムの中には、魔術師が使いそうもない一般向けの魔具もあったよね……」


 とその時、梓たちから五十メートルほど離れたところにあるビルが大きく音を立てて崩れる。その光景に目を奪われていた麗華はぽつりとつぶやいた。


「……雨乃宮君。いったんこの場から離れませんこと? もちろん話の途中区切るのは失礼であることは解っています、でもここは危険極まりないですわ」


 梓は辺りを見渡しながら頷いた。

「そうだね。学園に行こう。あそこにはゴールドクラスの教師がいるから、ここら辺では一番安全な場所だろう。警察よりもね」


 梓と麗華が動き出そうとしたときに、イリスは手を出して静止させた。


「二人とも待って。すぐに向かいたいところだけど、その前に」

 イリスは視線を麗華の後ろ側にうつす。釣られて二人が視線をずらすと、民家の横から大きな地鳴りを響かせながら二体のゴーレムが現れた。

「まずはあいつらをどうにかしましょう」


-- 事件発生から四十分経過 --


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