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彼、彼女らの実力 6


「じゃぁ梓は近衛とイリスの三人で魔具店巡りするんだな」

 この日の授業も終わって、生徒たちがそれぞれの部活へ行ったり帰宅したりで教室から出ていく中、梓の席には数人の男が集まっていた。


「まぁイリスの訓練用の魔具を買いに行くだけなのだけどね」

「雨乃宮君には悪いね、行けなくて。でもまぁそれはそれで良かったのかもしれないけどね?」


「そうだぜ、女二人とかマジうらやま」

 クリスはそういいながら鞄から黒いテーピングを手に取る。そして切れ目をつまむとビビビと音を立てながらある程度の長さまで引っ張った。


「おい、あずさ、あずさ」

 梓はクリスに視線を向ける。彼は十五センチほどの長さに切った黒いテーピングを一本手に取り引っ張ると、両目がテープで隠れるように持ち上げた。正面から見ると目に黒い線が入った顔がそこにはあった。そんなプライバシー保護された彼は息を吸い込むと、梓達に鳥肌が立つほどの気持ち悪い声で話し始めた。


「ぜんっぜんそんなことする人にはぁ、見えなかったんですけどぉ。意外ですぅ、まさか彼が二人にあんなセクハラを……」


 梓は小さく息を吐くと荷物を片づけていた手を止め、クリスの両手を掴み、テープを彼の目に貼り付けた。


「するなんとぅぇ、ほぎゃああ目がぁあぁぁあ目があああああ」

 テープによって目がふさがれたクリスは、まるで崩壊する天空城の王様のようにその場で暴れまわる。梓は何事も無かったかのように、机の中からタブレットと文庫本を取り出すと鞄にしまった。


「ま、眉毛が抜ける。いてぇ、強く引っ張れねぇ。おいおい梓ぁ、俺が目閉じなかったら危なかったぞ」

 梓は未だに剥がすのに四苦八苦しているクリスに冷たい視線を送るとポツリと呟いた。


「キモイ」

「まぁまぁ、そんなことしてないでそろそろ行かないと部活始まるよ? 僕もそろそろ行かないといけないしね」


 梓は手を止めて沖のほうに体を向ける。

「そっか、じゃぁ、がんばってね!」

 梓は笑顔をうかべ覗き込むように沖の顔を見つめそう言った。するとなぜか沖は少しだけ顔を赤くしながら後ろに一歩後ずさり、どもりながら『がんばるよ』といって愛理と一緒に教室を出て行った。梓は沖の顔が少しだけ赤かったのを少しだけ気にしながら、荷物を入れ終わった鞄を閉める。


 するとようやくテープをはがし終わったクリスが、悪態をつきながら梓を見つめた。

「おい態度が豹変しているぞ。まるで子供を叱っている最中の母親に電話が来て、一瞬で怒気を含んだ声から猫なで声に変わる瞬間を目撃した気分だ」


「なんか例えがリアリティ溢れているね……」

「大多数の人が経験した事があるはずさ、ってもうこんな時間か。そろそろ始まるわ、じゃあな」

「うん、部活がんばってね」


 クリスは鞄を持持ち上げることで梓に返事をすると、廊下に出て行く。彼が廊下に出ると丁度彼の部活仲間が通りかかったようで、彼は大声で名前を呼びながら、梓たちの視界から消えて行った。

 それを見送った梓は鞄を持つと、麗華の席まで歩いていく。


--


 少しだけ湿気のある風を受けながら、三人は商店街を歩く。店のあちらこちらから活気のある声が響くこの商店街は、太陽の道という名前がぴったり合っていた。梓の左手側にいる坊主頭のおじさんは、ドラックストアの前でラップを歌いながら客寄せをし、まだ肌寒いのにミニスカートで肌を露出させた若い女性は、流れるような動きで通行人にコンタクトレンズのチラシが入ったティッシュを配る。


「日本はすごいわ、以前も思ったけど平日なのに人が多い。人口密度が高いだけあるわ」

 梓は女性が差し出して来たティッシュを受け取り、ポケットにしまう。

「日本の関東地方だけでカナダの全人口らしいしね。それにこの街は第一魔法学園のおかげで人口密度がすごいらしいし」


「ここでそんな心象でしたら、イリスが渋谷や原宿の様子を見たら開いた口が塞がらなくなりますわよ」

「そんなに多いの?」

「何のフェスが始まるのだろう? って思うぐらいには居るよね」


「それはそれで見て見たい気もするわね」

「駅から遠い場所から行ってみたけど、もうここが最後だね。というよりここは近衛さんや自分より、イリスが一番詳しいでしょう?」


 既に梓たちは商店街近くを二時間以上歩き、魔具店をいくつも物色した。しかしイリスのお気に召すものは見つからず、あえて残していた1件の魔具店に向かっていた。

「ここに顔を出すのは初めてよ」


 梓たちはお辞儀をする受付女性の脇を通りエレベーターに乗る。そして戦闘用魔具の置いてあるフロアのボタンを押した。

 フロアに入ってすぐに梓達を出迎えたのは本型の魔法発動補助媒体だった。また右手奥には杖や剣などの武器型、そして一番奥はアクセサリー型の発動媒体。そして左手奥には機械系および特殊発動媒体が置かれている。


「いらっしゃいませ」

 梓たちは杖を物色していると、氷の結晶をモチーフにした青いピアスをしているショートカットの女性がこちらに歩いてくる。

「お客様何かお探しですか?」


 イリスがにこやかに『訓練用の杖を捜しています』と言うとその女性は『でしたらこちらがお勧めですよ』と言って案内を始めた。少しだけ意地の悪い笑顔を浮かべていたイリスだったが、彼女は女性店員の話をしっかり聞いていた。

「青葉君、こちらの方に案内は不要ですよ」


 レジカウンターの奥から一人の男性がこちらに向かって歩いてくる。

「小木曽支部長」

 女性店員から小木曽と呼ばれた男性、百八十センチほどで少し白髪の混じった髪を七三分けにしている彼は、梓と麗華を一瞥しイリスに向かって深々とお辞儀をした。


「久しぶりね、小木曽さん。そういえば日本支部に異動になったのでしたね」

「お久しぶりでございます。移動したのは二年前ですから、二年ぶりになるのですかね。いやはやお嬢様もお綺麗になられましたな。して、そちらの方々は」

「私の友人よ。彼が雨乃宮梓、そして彼女が近衛麗華」


 イリスの紹介に合わせて二人は礼をする。二人の名前を聞いて一瞬彼は眉を吊り上げたがそれは微細な変化で、近くで顔を見ていたイリスにしか気がつかないものであった。


「ローゼンクロイツ日本支部部長小木曽と申します。して彼女が最近入社した青葉です。さて、イリス様。いかがでしたか? 分かっていてわざと聞かれていたのでしょう」


「ええ」

 小木曽がお嬢様と呼んだ時点で、イリスの正体に気がついたのだろう、少しだけ顔を青くしていた青葉だったが、更に麗華の苗字を聞いた時には卒倒しそうな状態であった。


「た、大変申し訳ございません。まさかイリス様だとはつゆ知らず、と、とても失礼な態度を……」

「いえ、黙っていた私が悪いわ。ごめんなさい青葉さん。でもあなたの説明は解りやすく素晴らしいものであったわ。新入社員だとは思えないぐらいに。これからもお願いします」


「は、はい」

「挨拶も済んだところで……お嬢様。本日はどうされたのですか?」

「実家から武器を一つだけしか持って来なかったの。だから予備として一、二本欲しくて。学校の練習用に使えるやつがいいわ」


「なるほど、お嬢様ほどの実力者ならば、粗末な魔道具では本領を発揮できませんからね。その点を考えれば此処は質、品ぞろえ共に付近でトップでしょう」

「そうね、麗華達に案内してもらいながらこの一帯を見て回ってきたけど、西洋術向け武具は此処が一番高性能だわ」


「そうでしょう」

 小木曽は鼻を高くして自慢げにそういうと、青葉に命令を出しケースのカギを持って来させた。

 梓は二人の言葉を聞きながら、武具を見つめる。まるで宝石を入れるような強化ガラスの中に、大きな青い水晶のついた杖が置かれていた。そしてその杖の前にはいくつもの零が付いた値札が添えられている。


『値段も一番でしてよ』


 いつのまにか梓の隣に立っていた麗華は梓だけに聞こえるように小さく話す。梓は苦笑いする事しかできなかった。確かに武器は最高峰だが、色んな意味で使える人はかなり限定されてしまう武器でもあろう。


「ここはドイツの本店にも引けを取らない高品質な商品を取り揃えておりますからな」

 小木曽は青葉からケースのカギを受け取ると、ショーケースに飾られていた杖の一本を取り出し、イリスに渡した。


「こちらはどうです?」

「クロイツモデルの二十四型ね……これも一時期使っていたわ。だけど私はローズモデルの二十七型の方が使いやすかったのだけど……」

 イリスは二つの杖を持ち比べながら、小さな魔法陣を作り軽くマナを集めた。


--


「やっぱり梓を連れてきて良かったわ」

「予想していたよ。自分は荷物持ちだったって」

「わたくしも、もちましょうか?」

「そんな重くないし大丈夫だよ」


 お店で悩んだイリスであったが、結局すすめられた杖であるクロイツモデル二十四型とローズモデルの最新型を購入した。そして二本とも梓が持ってあげている。

「二人とも今日はありがとう。もしよければだけど、ウチでお菓子食べていかない? 昨日梓と大量のお菓子を買ったの」


 麗華は制服のポケットからスマホを取り出し画面を一瞬見つめると、すぐに元あった場所に戻した。

「そうね。思ったよりも早く買い物も終わりましたし」

「自分は返る時間とか気にしなくていいしね。隣だし」

「……雨乃宮君は本当にイリスの隣に住んでらっしゃるのね」


 前に話していたことは冗談だろうと思っていたのか、すこしだけ引きつった笑いを浮かべながら、麗華は梓を見つめる。目線が合った梓はあわてて左手と首をぶんぶん振った。


「イリスが引っ越したほうが後だからね。自分が先に住んでいたのだから。前後関係間違えないでねっ!」


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