第9話
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繁華街のメイン通りを一本外れた路地にある喫茶店。目立たない場所のせいか、いつも客はあまり入っていない。けれど、僕達のようなカップルが待ち合わせをするのにはもってこいの場所だった。僕が店に到着すると、彼女はいつもの様に奥のテーブル席で待っていた。僕に気が付いた彼女は大袈裟に手を振ったりなどせず、軽くうなずくに留めるだけだった。
僕は席に着くと、タバコに火を点けた。ウエイトレスが水の入ったグラスとおしぼりを持って来たのでブレンドコーヒーをオーダーした。
「それで…」
僕は話の続きを聞こうと切り出した
「浮気を疑われているって?」
「そうなの。私はあいつの奥さんでもなんでもないんだから、あいつに束縛されるいわれはないのに」
「あいつっていうのが古い飲み友達なの?」
「そう。ただの飲み友達」
「ずいぶん強調するね」
「だって本当にそうなんですもの」
「その人はきっと優里のことが好きなんだよ。優里だって、長く付き合っているんだからその人の事は好きなんだろう?」
「確かに一緒に居ると楽しいけれど、それだけですよ」
「でも、浮気をしているのは本当の事ではないのかな?」
「貴志さんとのことを言っているのなら、それは違いますよ。私、貴志さんの事は本気ですから」
「だけど、まだご主人と別れた訳じゃないよ」
「別れたも同然です。お互いに気持ちは離れていますから」
「優里はそうかもしれないけれど、ご主人は違うかもしれないよ。現に、僕と一緒に居たのを責められたわけだし」
「世間体を気にしているだけだと思うけど」
「まあ、それはちょっと置いといて、その飲み友達はどうして優里が浮気していると言っているの?」
「私がよく朝帰りをするからって」
「その人はそれを見ているのかな?」
「えっ?」
僕の言葉を聞いた優里の表情が変わった。何か思い当たる節があるのかもしれない。