第8話
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僕がそんな顔をしたのだろう。彼女は笑って言った。
「頭悪いから若く見えるんですよ。頭悪い女は嫌いですか?」
「いや、頭が悪いかどうかはともかく、青山さんの事はまだよくしらないから」
「優里と呼んでください。私、青山と呼ばれるのは嫌いなので…」
青山は旦那の名前だから嫌なのだと彼女は言った。
「それに、貴志さんはもう私のことを好きになっています」
これまた自信たっぷりに言う。
「どうしてそう思うの?」
「二度目に会った時、私の事を覚えていてくれたもの」
「そりゃあ、朝の出来事が特別だったから」
「それは相手が私だったからではないですか?」
図星…。とまではいかない。確かに彼女が美人だったから下心は十分にあった。だけど、それは彼女が美人だったからだ。決して彼女だったからではない。彼女でなくても美人だったら、きっとそうしていた。
けれど、彼女曰く、そこに居たのが私だということが運命なんですよ。なのだという。つまり、そういう事らしい。
こうして僕は彼女の運命ごっこに何度か付き合わされた。
さて、話を戻そう。
優里はこの町の人情溢れる近所付き合いというものに馴染めないのだ。今の電話の最後の話はそのことを伝えたかったはずだ。
仕事が終わると僕は優里にメールをした。
『いつでもいいよ』
すぐに優里から電話がかかって来た。
「早いね」
「はい!どうしても聞いて欲しいことがあるので」
「もう、準備は出来ているんだね?」
「もちろん!いつものところで待ってますから」
僕は電話を切って地下鉄の駅へ向かった。優里が僕を呼び出すときにはいつもこうだ。いつでも出かけられる準備を全て整えている。話の内容は察しが付く。同じような内容の話をこれまでも何度か聞かされた。僕には同じ話に思えるのだけれど、優里にとってはまったく違ったものなのだという。
運命の男になってしまった僕は彼女にどんな姿を見せればいいのだろうか…。