第73話
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どうして山本さんがここに居るのか始めは判らなかったけれど、そんなことはすぐにどうでもよくなった。僕は焼酎をロックで立て続けに二杯飲んだ…。飲んだというよりあおった。
「ずいぶん機嫌が悪いみたいね」
そんな僕を見て山本さんは笑っている。その笑顔に僕は少し癒された。そう思った瞬間に僕は後ろめたさを感じた。これは優里に対する裏切りだと。そこでハッとした。それじゃあ、菜穂子に対してはどうなのかと…。
「山本さん、ゴメン…。やっぱり帰るよ」
僕が席を立とうとすると、山本さんが僕の腕を引っ張った。
「何もしないから大丈夫よ」
何もしないからという言葉に安心したわけではないけれど、僕は思いとどまった。
二時間くらい一緒に居ただろうか…。山本さんは最近のPTAの様子や和夫とのことをいろいろと話してくれた。僕はただ黙って彼女の話を聞いていた。彼女の方から優里のことを聞いてくることはなかった。
「引き留めておいてごめんなさい。私、これからちょっと用事があるから失礼するわね」
山本さんは時間を気にするような素振りをして僕にそう告げた。席を立って財布を取り出した彼女に僕は「大丈夫」だと告げた。
彼女が帰った後、僕は冷たい水を一杯飲んで店を出た。そして、自宅へ向かった。
菜穂子はまだ帰っていなかった。テレビをつけてソファーに腰を下ろした。その時、玄関のドアが開いて話し声が聞こえてきた。菜穂子が帰ってきたようだ。
「あら、帰ってたの?出張は?」
出張?
「まだ帰って来ないと思っていたからバレーの仲間を連れてきたのよ」
菜穂子の後から三人が入ってきた。どれも顔見知りのメンバーだった。なるほど、そういう事か。僕が優里と一緒に居る間は出張だということにしているんだな…。
「タカちゃん、久しぶり…」
比沙子さんだ。
「もう終わったの?お・し・ご・と」
そう言ってウインクをする。前に優里から聞いたのを思い出した。比沙子さんは僕たちのことに感づいていると。
「もう、終わったよ」
僕はきっぱりとそう言った。




