第72話
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携帯の着信音が鳴った。
「妻からかな?」
優里のご主人が訊ねた。ディスプレイには優里の名前。無くした優里の携帯電話は優里が退院する前に警察から病院に届けられていた。
僕は頷いて電話に出た。
『貴志さん、私、今夜はここに泊まるわ。菜奈緒の顔を見たら記憶が少し戻ったの』
「いいよ。優里がそうしたいのなら、そうすればいい」
僕は電話を切るとご主人に向き合った。
「妻はなんと?」
「今夜はご自宅に泊まるそうです」
「えっ?」
「娘さんに会って記憶が少し戻ったのだそうです」
「そうですか…」
そう呟いてご主人は表情を曇らせた。
「どうしましたか?」
「戻った記憶が妻にとっていい記憶ならいいんだが、私とのことはきっと思い出さない方がいいかもしれない…」
「お帰りになったら、ちゃんと話をすればいじゃないですか。彼女もそのつもりがあるから泊まると言ったのだと思います」
僕はそう言って席を立った。伝票を取ろうとすると、ご主人が首を振って頷いた。僕は頭を下げて店を出た。
家に帰ると、菜穂子は留守だった。冷蔵庫を開けると、作り置きの総菜が入っていた。それと缶ビールを取り出して僕はリビングのソファーに座ってテレビを付けた。カレンダーに目を向けると、今日の日付に花まるで印が付けられていた。
「そうか、今日はバレーか…」
僕は缶ビールと総菜を冷蔵庫に戻すと家を出た。そして、アパートに戻った。こうして見ると本当になのも無い部屋だと思った。たばこに火をつけてみたけれど、一口吸ってからすぐにもみ消した。何をやっても落ち着かない。僕はアパートを出て近くの居酒屋へ向かった。店の前で見知った女性に声を掛けられた。山本さんだった。
「青山さんはお元気?」
僕は苦笑して山本さんと共に居酒屋へ入った。




