第71話
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駅前の喫茶店に入ると、優里のご主人はいちばん奥の席でコーヒーを飲みながら雑誌を見ていた。
「お待たせしました」
「どうぞ…」
そばに居たウエイトレスにブレンドコーヒーを注文してから僕は席に着いた。
「妻はどんな具合ですか?」
「以前より、少し情緒不安定なところもあるようですが、怪我の方はすっかり良くなっています。どうやら記憶も戻って来ているようです」
「そうですか…」
そう言ってご主人は苦笑した。そして、何かを回想でもしているように遠くを見つめてから再び口を開いた。
「ところで、妻はあなたと居る時はどんな感じですか?」
「えっ?」
「最近、よく夜になってから出かけることが多くなったのですが、それはあなたに会いに行っているのでしょう?」
いきなりそんなことを切り出されたので、僕は返事に困った。確かにそれはそうだけれど、ご主人にそう言われると後ろめたさで脂汗をかきそうだ。これはある意味、菜穂子に問い詰められるのよりキツイ。でも、今更ごまかしても仕方がない。
「彼女は寂しいのではないでしょうか。たまたま僕と知り合って、僕はある程度時間が自由になるし、誘われれば会いに行くし、彼女もあんなにキレイな人だから一緒に居ると僕も嬉しいし、そんな僕に彼女は甘えてくれますから…」
ご主人は僕の話を聞いているのか、聞いていないのか判断しようのないような表情でタバコに火をつけた。
「そうですか…。あなたに甘えますか。私には今までそんなことはなかったなあ…」
それからご主人は彼女と知り合ってから現在に至るまでの経緯を話してくれた。同じ職場の上司と部下という関係で、結婚した当時は年が離れているのも気にならなかったそうだ。それが、年々その年の差が夫婦間に溝を作っているような気がするのだという。
「気のせいなのかもしれないけれど、それが負い目に感じられてどうしても仕事に逃げてしまっているのは確かですよ。今の彼女には私よりもあなたのような人が必要なのかもしれません。あなたは妻のことを愛していますか?」
「はい。愛しています」
その言葉を聞いたご主人は穏やかな笑みを浮かべた…。




