第70話
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目覚めると、優里はまだ眠っていた。僕の横で僕にしがみつくようにして。そっと優里の髪をなでる。すると、優里は目を覚ましたらしく、けれど、目を閉じたまま僕に抱きついて来た。
「うれしい…」
「どうして?」
「朝なのに貴志さんが居るから」
そう言ってキスを求めてくる優里。僕は軽く唇を合わせてから布団から出ようとした。
「朝ごはんの支度をしよう」
「いらない。もう少しこうしていたい。だって、今日は日曜日でしょう」
「ダメだよ。ちゃんと規則正しい生活をしなきゃ」
「だって、ウチではいつもお昼頃まで寝ているわ…」
そう言いかけて優里は口をつぐんだ。そして、布団に潜り込んで体を丸めた。布団の中からはすすり泣くような声が聞こえて来た。
「優里?」
優里の記憶が少し戻ってきている。僕はそう思った。けれど、優里はそれから何も言わなくなった。
「ちょっと散歩にでも出かけようか?」
優里は下を向いたまま反応しない。僕はそのまま様子を見ることにした。やがて優里は顔をあげて呟いた。
「菜奈緒に会いたい…」
「じゃあ、帰るかい?」
「はい…。でも、あの人には会いたくない」
「わかったよ。じゃあ、僕がご主人に電話をして、ちょっと出てもらうから。それならいいだろう?」
「はい。お願いします」
僕は優里の記憶が少し戻ったことを電話で優里のご主人に伝えた。お子さんに会いたがっていることも。ご主人は僕の話を快く引き受けてくれた。彼も優里の様子を聞きたいと言うので優里がお子さんと会っている間、僕はご主人と駅前の喫茶店で会う約束をした。
優理を家まで送り届けた。既にご主人からは家を出たと連絡が入っていた。
「あとは一人で大丈夫?」
「はい。あとで電話をします」




