第68話
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優里のご主人は僕にこの部屋でしばらく里と一緒に住むように言った。僕はまだそのことを優里には伝えていない。もちろん、菜穂子にも。僕はずるい男だ。
「私、一人でこんな部屋に居るのはイヤ…」
「だったら、家に帰るかい?」
「それもイヤ…」
「じゃあ、優里はどうしたいの?」
「私には貴志さんしか居ない…」
「僕にも家庭があるのは憶えている?」
「知らない。だって、今まで貴志さんはずっと私と一緒に居たじゃない。貴志さん以外の人と暮らすのなんて私には考えられないわ」
出来ることなら、僕だってそうしたい。けれど、今すぐには無理だ。僕は思い知る。自分が今までどれほど軽い気持ちで居たのかを。優里は記憶をなくしても僕のことだけは忘れなかった。優里がどれほど僕のことを思っていてくれたのかを僕は思い知る。
「取り敢えず、おなか減ったね。何か食べに行こうか」
「はい」
優里の表情がパッと変わった。この笑顔を見せられたら何も言えない。
食事を終えて、優理を部屋まで送ると、僕は一旦家に戻った。
「今日、青山さんが退院したよ」
「良かった!来週の試合に間に会うかしら」
「それは難しいかも…」
「あら、どうして?」
僕は事故のショックで優里が記憶を無くしていることも含めてすべての事情を菜穂子に話した。
「そりゃあ、アオちゃんの旦那の言い分はもっともだわ。あなた、しばらくアオちゃんと一緒に暮らしてあげなさいよ」
「いいのか?」
「勘違いしないでよ。私は二人の仲を許すと言っているわけじゃないからね。だけど、ちゃんと責任を取らなきゃでしょ」
「ごめん…」
「どうして謝るのよ!まったく…。優し過ぎるのよ。あなたって人は…」
そう言った菜穂子の目には涙がにじんでいた。




