第67話
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今日、優里が退院する。僕が病室に行くと、優里はすでに荷物を整理して待っていた。入院費用は既に、優里のご主人が支払っていた。
「ねえ、貴志さん。私はどこへ帰るのかしら?」
「取り敢えず、君のご主人が用意してくれた部屋に行こう」
「私の主人?」
「そうだよ。今は思い出せないかも知れないけれど、君にもちゃんと家庭があるんだよ」
優里は僕の言葉を聞いてしばらく考えていた。そして、恐る恐る口を開いた。
「あの人たちがそうなのね」
あの人たちというのは、優里が入院した時に見舞いに来ていたご主人と娘さんのことを言っているのだろう。実際、それ以外には考えられない。
「そうだよ。優里が怖がっていたから会うのを遠慮しているんだ。優里の記憶が戻るまでは無理して一緒に暮さない方がいいだろうって、部屋を用意してくれたんだ」
優里は病室の窓から遠くを眺めながら僕の話を聞いている。
「可愛そうね」
「ん?」
「あの子。まだ小さいのにお母さんに忘れられたのよね…」
「そうだね…」
優里の中には母親としての母性が息づいている。僕はそう感じた。そのことは優里の記憶が戻るためのきっかけになるかもしれない。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
僕は優理を車に乗せてご主人が用意してくれたアパートへ向かった。
「貴志さんの車に乗せてもらったのは初めてね」
「そうだね。優里と会う時はいつもお酒を飲んでいたからね」
「なんだか、私はここに居てはいけないみたいだわ」
この車は普段、菜穂子が使っている。優里はそんな空気をこの車から感じたのかもしれない。車は間もなくアパートに到着した。部屋に入るなり優里が呟いた。
「なんだか寂しい部屋ね」
生活するために必要なものは一通り揃っている。けれど、そこには生活感が感じられない。今まで暮らしていた場所とは違う違和感を優里は感じているのに違いない。




