第64話
64.
病室に入ると、優里は僕に気が付いたらしく、安堵の表情を浮かべた。
「貴志さん!来てくれたんですね。わたし、酔っ払って転んじゃったみたいで、気が付いたらここに居たの。早く貴志さんに連絡をしようと思ったのだけれど、携帯電話が無くなっちゃってて…」
僕は思わず優里の手を取った。
「ごめんね。でも、もう大丈夫だから」
「はい!貴志さんが来てくれて本当に良かったです。今まで知らない人がじっとわたしを見てて怖かったから」
優里のご主人は僕に目配せをしてから娘さんと一緒に病室を出て行った。
青山と名乗った男はやはり優里のご主人だった。僕は彼に咎められるものだと思い観念した。ところが、彼の話は意外なものだった。
「妻の意識が戻りました。妻に会って下さい。妻があなたを呼んでいます」
「えっ?でも…」
「妻は事故の後遺症で記憶を無くしてしまったようで…。私のことも娘のことも憶えていないんです。どんなに話しかけても妻は私たちを見て怖がるだけでね。けれど、あなたとのことだけは憶えていて…。あなたと妻がどういう関係なのかは判りませんが、妻が望むのならと、こうしてあなたを呼びに来たんです。山本さんがあなたが来ておられると言うので。私としてはそれを受け入れるのには相当の覚悟が必要でしたよ。それでも、今は妻のためにどうすればいいのか他の方法が思いつかなくてね。そう言うわけなのでお願いします」
「解かりました…。優里さんとのことは…」
「そのことは後でゆっくり話し合いましょう」
彼は僕の言葉を遮って病室に案内してくれた。
優里は僕と二人っきりになったことで、すっかりリラックスしている。
「貴志さん、お願いしてもいいですか?」
「なあに?」
「ハグしてください」
僕は優里の体を抱きしめた。優里は自然に僕の唇を求めてきた。僕は彼女が望むままに唇を重ねた。
「貴志さん、退院したら一緒に暮らしましょうね。それが私たちの運命なんですもの」
「いいよ」




