第62話
62.
この時間の病院は仕事終わりに立ち寄った外来で込み合っていた。山本さんから話を聞いていたので僕はまっすぐに病室へ向かった。エレベーターを出ると、山本さんの姿があった。僕に気付いた山本さんは素早く僕の腕をつかんで喫煙室へ連れてきた。
「今はマズイわ」
「具合がよくないんですか?」
「ご主人とお子さんが見えているのよ」
「えっ?」
山本さんの言葉に僕は現実に引き戻された。僕はいつでもどこでも堂々と優里に合える立場ではないのだということに初めて気が付いた。そのことがとても悲しかった。
僕が優里のそばに居るのは当たり前のことだと思っていた。でも、それは世間から隔絶された環境の中でだけのことだった。そして、僕はこの時、彼女が僕にとってどういう存在なのかを思い知った。
電話口から聞こえてきた山本さんの声が冷静でないのはよく解った。
「青山さんが事故にあったの!すぐに病院に運ばれたそうなんだけど、まだ意識がないんですって」
「病院はどこですか?」
「中央病院よ。私もこれから向うから安西さんも早く来てください」
僕は会社を出るとすぐにタクシーを拾った。
早く会いたい…。でも、待つしかない。はやる気持ちを落ち着かせるために僕はタバコに火をつけた。
「どうしてこんなことに?」
「昨日…。と言うより今朝の2時頃ですって。路上で暴漢に襲われたんだそうよ。実は昨夜、PTAの会合があったのよ。例によってその後で一杯やったのだけれど、お開きになってから青山さんは一人で帰ったから、私はてっきり安西さんに会うのだと…」
「何時頃ですか?」
「11時過ぎだったかしら」
優里から電話があったのは深夜の1時過ぎだった。そのあと彼女が暴漢に襲われた。僕が会いに行ってさえすれば…。いったい、誰が彼女をこんな目に…。
「盗られたものはないそうよ。だから警察は怨恨の線で捜査しているみたいよ。私もさっき事情聴取されたわ」
と、その時、二人のいかつい男が喫煙室に入ってきた。




