第60話
60.
一瞬のときめき…。確かにそうなのかもしれない。初めて菜穂子に会った時に感じたものもきっとそうだった。そう思いながら僕は山本さんを見た。山本さんは僕のどんなところにときめいたのだろうか?山本さんには申し訳ないけれど、僕は山本さんに対して、ひとかけらのときめきも感じない。それは多分、山本さんと知り合った時には既に優里が居たからなのだけれど。優里はどうだったろう…。
「安西さんが青山さんのことを好きなのだとしても、私の気持ちは変えられませんから。二人の邪魔はしないので、これからもたまにはこういう風に会って下さい」
優里の顔を思い浮かべていた僕の頭の中に山本さんの声が飛び込んで来て現実に引き戻された。
「・・・・・・」
僕は何も言い返せなかった。人の感情をどうこうすることは誰にもできない。
「それから、ひとつお詫びをしなくちゃいけないかな。私、安西さんことが知りたくていろんな人に安西さんのことを聞いて廻ったの。中には私と安西さんが怪しいなんて思う人が居るかもしれないわ。そんな噂が立つと、安西さんには…。いえ、安西さんは男の人だから大丈夫かもしれないけれど、奥さんにご迷惑が掛かるかもしれない…」
「それは気にしないでください。妻はそういう事では動じませんから」
「それを聞いて安心しました。だったら、都合がいいのかもしれませんね」
「何がですか?」
「私とのことで青山さんと付き合っていることをカムフラージュできるじゃないですか」
「だから、優里とは…」
しまった!優里のことを名前で呼んでしまった。
「ウソを付けない人ですね。安西さんって」
予約していた料理が次々と運ばれてきた。
「今日は私がご馳走しますから、遠慮しないで食べて下さい。ここのプルコギはとても美味しんですよ」
食事を終えると、山本さんは伝票を持って席を立った。
「今日は突然ごめんなさい」
山本さんが去った後、僕は優里のことを考えていた。僕は優里にときめいたのだろうか…。




