第59話
59.
二人でいるところを会社の連中に見られると面倒くさいことになるかもしれない。そう思った僕は会社から少し離れた喫茶店に行くつもりだった。ところが山本さんは僕が行こうとする方向とは違う方向に歩き出した。
「今日はお店を予約してあるの」
「予約?」
「はい」
「だって、たまたまじゃ…」
「へへへ。ばれちゃった!」
へへへじゃないだろう。それじゃあ、明らかに待ち伏せじゃないか。
山本さんのことが嫌いなわけではない。外見はタイプではないけれど、先ほどの様な態度は男としては悪い気はしない。
「ここなんですけど」
山本さんが予約したという店は韓国料理の店だった。予約が必要な店には思えないけれど、幸い、会社からは少し離れているし、ウチの連中はあまりこういうところには来ない。僕は黙って頷いて山本さんに従って店に入った。
「最近、青山さんとはどうなんですか?」
いきなりその話か…。僕は思わず苦笑した。でも、まあ、それならそれで話が早い。
「彼女とは前にも話した通り、妻がやっているバレーボールの関係でそこそこの付き合いはあるし、たまには二人でお酒を飲みに行くこともある。最近、特にどうとかは無いですよ」
「そうなんですか?私には何か特別な関係のように見えるのだけれど」
「仮に、もし、そうなのだとしたらなんだというんですか?山本さんには関係ないでしょう」
「関係なくは無いわ。私、安西さんのことを好きになっちゃったみたいだから」
「山本さんの言う“好き”って言うのはどういうものですか?僕にも山本さんにも家庭があるんですよ。さほど親しいわけでもないのに…」
僕が言葉を選びながら話しているのがじれったいというように山本さんは急に、そして少し強い口調で僕の話を遮るように口を開いた。
「人を好きになるのには時間も理由も要らないのよ。一瞬のときめきがあれば十分でしょう…」




