第58話
58.
店を出ると、和夫は山本さんを送ると言って二人でそそくさと歩いて行ってしまった。残された僕たちはお互いの顔を見ながらため息を吐いた。
「お腹すいちゃった…」
「麺?」
「はい!」
僕たちは駅前の中華料理店へ向かうことにした。中華料理店は混み合っていたけれど、二人掛けのテーブル席が一つ空いていた。僕たちはその席に案内された。
「なんか疲れたね」
「仕方がないですよ。だから、山本さんには気を付けた方がいいって何度も言ったでしょう」
「そうだけど…。なんだか和夫が可哀そうに思えて来たよ」
「前田さんのためにも山本さんのことははっきりさせた方がいいですよ」
「優里も安心する?」
「当たり前じゃないですか。それでなくても貴志さんにはファンが大勢いることが判ったんですから。本当に気が気じゃないんですよ」
「大丈夫だよ。僕と優里は運命でつながっているからね」
僕は生ビールとおつまみにカモのスモークを注文したのだけれど、優里は大好物の海鮮タンメンをぺろりと平らげた。
仕事を終えて会社を出ると見覚えのある女性が近づいて来た。山本さんだった。僕は気付かないふりをして通り過ぎようとした。けれど、彼女は僕の前に立ちはだかった。
「お疲れ様」
「あっ!どうしたんですか?」
「用事があって近くまで来ていたんですよ。そろそろ安西さんもお仕事が終わる頃かなと思ってぶらっと寄ってみたんです。そしたら、たまたまビンゴって感じ。私達って何か運命の様なものを感じません?」
僕は苦笑した。まさか、山本さんから“運命”という言葉を聞くなんて。
「少しお時間ありますか?」
どうしようか迷ったけれど、付き合うことにした。きちんと僕の意思を伝えるいい機会だと思ったからだ。
「ええ、大丈夫ですよ」
「良かった!」
そう言うと山本さんが僕の腕にしがみついてきた…。




