第56話
56.
和夫から電話があった。
『今晩カラオケにでも行こうぜ!』
「突然だなあ。山本さんか?」
和夫は最近、山本さんにぞっこんらしい。この日も彼女を誘おうとしたのに違いない。僕はその出汁にされている。今夜でもう何度目だろうか。正直、山本さんとはあまり顔を合わせたくはないのだけれど…。
『そう言わずに付き合ってくれよ。麻美ちゃんが周りの目があるから二人だけじゃいやだっていうからさ。お前もアオちゃんを誘えばいいだろう?』
優里に会えるのは嬉しいけれど、このメンバーというのはちょっと乗り気がしない。けれど、和夫の頼みなら無下には断れない。
「分かったよ」
『貴志さんに会えるのは嬉しいけれど、山本さんと一緒なのは嫌だなあ』
どうやら優里も僕と同じ気持らしい。
「まあ、恩を売っておけば、今後僕たちが会う時にもあいつらをダシに使えるじゃないか」
『そういう事ではなくて、山本さんを貴志さんに近付けたくないんですよ』
「やきもち?だったら心配ないよ。山本さんには興味ないから。いつも言っているだろう?僕は優里だけだよ」
『もう!そういう問題ではないんですってば』
そんな優里を説き伏せて僕は優里にも来てもらうことにした。今にして思えば、この時の優里の心配が現実のものになるなんて考えても見なかった。
僕が店に着いたとき、和夫と山本さんは既に来ていた。4人掛けのボックス席で二人は向かい合わせに座っていた。僕が和夫の隣に座ろうとすると山本さんが僕の手を引っ張って自分の隣に座らせた。僕は和夫の顔色を窺った。和夫は別に気にも止めていないようだった。
「青山さんも来るんでしょう?」
と、山本さん。どうやら和夫から聞いていたようだ。
「ちょっと遅れるみたいだけど」
「そう!じゃあ、先に始めましょう」
そう言って山本さんは僕に体を寄せてきた。僕は思わず立ち上がった。
「やっぱ、帰る」
僕は和夫に詫びて店を出た。




