第55話
55.
終わった後も僕はしばらく寝つけなかった。優里は隣で静かな寝息を立てている。僕は仰向けになって天井を見つめた。薄明かりの中で漠然と考えていた。次第に意識が遠くなってきた。その時、優里が突然起き上がった。僕は思わず寝たふりをした。優里はそのまま浴室の方へ向かった。僕は優里が去った方に体を向き変えて優里が戻るのを待った。戻って来た優里が僕に気付いて声を掛けた。
「起こしちゃいましたか?」
「いつもそうなの?」
「えっ?何がですか?」
「いつも、した後はシャワーを浴びているの?」
「そうですよ」
「それって、僕の匂いを洗い流すため?」
一瞬、優里の表情が変わった。少し怒っているような表情になった。
「そんなことが気になるんですか?汗をかいてしまったからシャワーを浴びたんです。貴志さんの横で寝るのに汗くさいままでは嫌だったから」
「ご、ごめん…。じゃあ、僕もシャワーを浴びて来るよ」
「貴志さんはいいです。私、汗をかいた貴志さんの匂いは好きですから」
「でも、せっかくシャワーを浴びたの…」
優里が僕に覆いかぶさって口を塞いだ。
「そしたら、またシャワーを浴びれば済むことだから」
そのまま優里は再び僕を迎え入れた。
「そろそろだね」
「はい」
僕は優里に手を振った。その瞬間に優里は今まで僕と一緒だったことなど忘れてしまったように背を向けて歩き出した。
休日だったのでホテルを出て軽い朝食を取ってから、二人で手を繋いで歩いて来た。地元が近くなって、一緒に居るところを見られる可能性が高くなる場所に差し掛かって来た。そこで、そろそろ別々に帰ろうと僕が言った。それに対して優里は「はい」と答えた。
僕は交差点で信号待ちをしながら遠ざかって行く優里の背中を見つめた。
『昨夜はありがとうございました。今日はゆっくり休んでください』
優里からのメール。優里は歩きながらこのメールを打っていたようだ。信号が青になり、僕は歩き出した。優里が去った方に目をやると、こちらに向かってお辞儀をしている優里の姿があった。




