第51話
51.
あの日、高木は僕から優里を奪うつもりだったらしい。僕がトイレにっ立った隙に優里に自分のアドレスを書いたメモを渡したそうだ。優里が高木と連絡を取り合っていたのはそのメモがあったからだろう。
「本当はすぐに捨ててしまうつもりでいたの。でも、ここから出て行くときの高木さんの様子が気になって」
「どんな風に?僕たちはただ不貞腐れて帰って行ったようにしか見えなかったけど」
僕が尋ねると、優里は少しの間を取ってから答えた。
「よく解からないのだけれど、このまま放っておいてはいけない様な気がしたの。その後、みんなでカラオケに行ったでしょう。私はトイレに行ってすぐに高木さんにメールをしたの。返事があったのは3日くらいしてからだったけれど」
その時のことを高木はこんな風に言った。
「メールにはすぐに気付いたよ。この女、本気で俺と付き合いたいのかと思った。店を出た時点で既に醒めきっていた俺は何ともケツの軽い女なんだろうと幻滅したよ。だから無視して返信しなかった」
「そのメールってどんなメールだったんだ?」
真柴が興味深そうに聞いた。僕も優里が高木に送ったメールの内容は気になる。
「大した内容ではないわ。一言『ちゃんと話を聞かせて欲しいから会って下さい』ってそれだけよ」
「うーん、取り方によっては誘っているようにも取れるのかな」
真柴が頷いた。そして、すぐに高木が口を開いた。
「でも、すぐには削除できなかった。しちゃいけない様な気がしてね。それで、何日かして、改めてメールを見たとき思ったんだ。もしかしたら、彼女は俺を助けようとしているのではないかと」
「助けるって?」
なんとなく解かる気がした。けれど、僕は敢えて高木に聞いてみた。真柴はしきりに首をひねっていたから。
「婚約者のことで俺は追いつめられていたし、青山さんはその辺りの違和感に気が付いていたのかもしれないと思ったんだ」
「私もよくは解からなかったのだけれど、このまま放っておいたら自分を傷つけてしまうんじゃないと感じたの」
優里には人の奥深くにある心が読めるのではないかと感じたことが僕も今までに何度かあった。




