第41話
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「いつもご馳走してもらってすみません」
店を出るといつも優理が言う。
「僕のお金は全部、優理のために使いたいと思っているから」
「そんな…」
申し訳なさそうにうつむく優理。けれど、すぐに顔をあげて上目遣いに僕を見つめる。
「ありがとうございます。でも、無理はしないでくださいね」
無理をしているつもりはないけれど、優理には自分がそうさせているという自覚はないようにも思える。僕は優理にいいようにあしらわれているだけなのではないかとも思う。
優理がタクシーを降りるとき、僕はポケットから映画のチケットを取り出して渡した。以前、優理が子供と一緒に見に行きたいと言っていた映画のチケットだ。優理は中身を確かめて悲鳴に近い声をあげた。
「覚えていてくれたんですか?ありがとうございます。子供たちが喜びます」
「いつも遅くまで付き合ってもらっているし、お子さんたちにも迷惑をかけているからね」
優理はタクシーを降りた後、ドアが閉まる前にもう一度車内に体を入れて僕にキスをした。そして、手を振った。タクシーが再び走り出した後も手を振り続けていた。そんなところを誰かに見られたら、また余計な中傷を受けるというのに。
そんな優理が僕は可愛いと思う。自然にそういう行動を取っているのにしても、僕に気に入られようと計算してやっているのだとしてもだ。
少し離れたところでタクシーを降りた僕はいつものように優理のマンションを眺めた後、コンビニに寄る。ベーコンと固形のコンソメを買う。朝食はオニオングラタンスープとフレンチトーストにしよう。サラダにカリカリに焼いたベーコンとプレーンオムレツもいいな。菜穂子が好きな朝食のメニューだ。
買い物を終えて店を出た時にメールの着信があった。きっと優理だろう。僕は携帯電話を取り出すと、ディスプレイに表示された名前を確認した。やっぱり優理からだった。けれど、メールの内容に目を通して冷や汗が出た。
『タクシーから降りるところを主人に見られていたみたいです。送ってくれたのが貴志さんだとは気付いていないと思うのだけれど…』
そんな内容だった。しばらくしてまたメールが来た。
『何とかごまかせました。チケットありがとうございます。おやすみなさい』
今後も優理と付き合っていくのなら僕もそれなりの覚悟をしておかなければならない。この時、初めてそう思った。