第4話
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優里にはまだ小さな子供がいる。旦那は典型的な仕事人間で普段の日でも帰りは日付が変わる頃らしい。優里も仕事を持っているから、お子さんは普段同居している旦那の母親が見ているという。
昨夜は仕事が終わってから、付き合いの古い男性の飲み友達、横井と飲んでいたらしい。
「お前、最近、どこかの男と付き合っているのか?」
「何のこと?」
「家庭があるのに変な気をおこしたりしていないだろうな?」
「私だって、横井さん以外のお友達は居るよ。そういう人と食事をしたりすることだってあるよ」
「とか言って、けっこう朝帰りとかしているだろう」
「楽しくて盛り上がって、いつの間にか朝になっていただけですから」
「相手は誰だよ」
「横井さんには関係ないでしょう」
「関係あるよ。友達として悪いことは見過ごせない」
「悪いこと?横山さんと飲むのは良くて、彼と食事をするのは悪いこと?バカみたい」
そんなやり取りがあって、悲しくなった彼女は僕に電話をしてきたのだった。
僕が彼女と知り合ったのは偶然だったのだけれど、それは運命的な出会いだったのかもしれない。
通勤途中、駅前の交差点の真ん中で自転車を止めて佇んでいる女性が居た。それが彼女だった。チェーンが外れてしまったらしい。信号が点滅を始めたのだけれど、彼女は焦っていてどうする事も出来ないようだった。僕は彼女の自転車を抱えて、横断歩道を渡り始めた。
「早く!赤になるよ」
彼女は慌てて僕の後をついて来た。渡り終えてから僕はチェーンを直して彼女に自転車を引き渡した。彼女はポカンとして僕の方を見ていた。
「じゃあね」
僕はそう言って手を振ると、駅に向かって歩き出した。名前くらい聞けばよかったと思ったけれど、聞いてどうするつもりだ?そう自問自答して苦笑しながら駅の階段を上った。