第36話
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僕のそばに優里が居ること…。それは簡単に想像できるし、実際にそばに居ても違和感がない。僕のそばには優里が居るものだという認識が既にできている。
他の女性はどうだろう…。ちょっと考えられない。試しに僕の隣に居るその人を想像してみる。すると、その人の姿はすぐに優里と入れ替わってしまう。
結衣は魅力的な女性だと思う。若くて可愛らしい。けれど、僕にとっては職場の後輩。それ以上のことを想像したこともない。今、こうして彼女と一緒に食事をしているけれど、ただそれだけだ。
目の前でホテルのルームキーをちらつかせる結衣。それがどういう意味なのかは僕にも解かる。彼女は言った。僕もスケベだと。だとしたら、僕は軽く見られているということなのか…。彼女はそういう男を誘うような女なのか…。そうだと決まったわけではないけれど、つい、さっき、ここに姿を見せた彼女にドキッとした自分はもう居なくなっていた。
僕の表情を見て結衣はいきなりホテルのルームキーを取り出したことを後悔しているようだった。
「そういう女だと思われちゃったみたいですね。失敗です。この失敗を取り戻すのはちょっと大変かもしれませんね」
彼女はそう言って席を立った。
「森井さん?」
「私、本気で好きなんです。虫のいい話かもしれませんけれど、今日のことは忘れて下さい。いつかきっと、安西さんの奥さんより魅力的な女性になって見せますから」
結衣はテーブルに置かれたレシートを手に取るとその場を離れて行った。
「奥さんって…」
僕はそう呟きながら、スマートフォンに納められていた優里の写真を眺めた。
家に帰ると、菜穂子は居なかった。今日はバレーボールの練習がある日だった。そろそろ終わる時間ではあるが、きっといつもの様にお茶をして帰って来るのだろう。そう言えば優里も同じチームに入ったと聞いた。優里は菜穂子とどんな話をするのだろう…。そして、その時、優里はどんな表情をしているのだろう…。もし、菜穂子が僕たちのことを知ったらどうなるだろう…。




