第35話
35
自分がモテるとは思わないけれど、菜穂子曰く、『私が好きになった人だもん。モテるに決まってるわよ』なんだそうだ。毎年、バレンタインデーの時には十個くらいのチョコレートを持ち帰る。どうせ、義理だと思ってはいるものの、他の女性から貰ったものを家で披露するのには気が引けた。けれど、菜穂子は両手を出して言った。
「チョコ、いっぱい貰ったでしょう?早く頂戴。私、チョコ大好きなんだから」
僕は遠慮がちにチョコの入った紙袋を差し出した。
「なんだ!これだけ?あなたならもっと貰えたかと思ったのに」
残念そうに菜穂子はそう言った。
結衣からも毎年、チョコは貰っていた。けれど、彼女のチョコはそれこそ義理だと言わんばかりのコンビニチョコだった。
料理が出て来るまでに僕はビールを、結衣はグラスワインを注文した。
「ねえ、奥さんの写真とかないんですか?」
「そういうのは無いんだ」
「本当?」
そう言って結衣は僕の携帯電話を取り上げた。写真のデータをチェックしているようだ。実際、菜穂子の写真は1枚も無い。
「なんだ!ちゃんとあるじゃないですか。しかも、こんなエッチな写真」
「あっ!」
僕は思わず声を漏らした。
「やっぱりキレイな人ね。それに、ずいぶん若いじゃないですか」
「いや、その、それは…」
初めて優里をホテルに誘った時、僕は彼女の写真を取った。裸の優里に携帯電話のカメラを向けると、彼女は恥ずかしそうにシーツで胸を隠した。
「いやん!貴志さんのエッチ!」
僕は構わずシャッターボタンを押した。
結衣は僕に携帯電話を返すと、ワインを一口飲んだ。そして、言った。
「でも、安心しました。安西さんも人並みにスケベなんですね」
そして、バッグから何かを取り出して僕の方に向けた。このホテルのルームキーだった。