第33話
33
ブレンドコーヒーを一口飲んで結衣が話しかけてきた。
「安西さんって奥さんと仲がいいんですね」
「ん?」
「ほら、この間、駅前の居酒屋で奥さんと一緒だったでしょう?」
一瞬、何の事だか分らなかったのだけれど、すぐにピンときた。山本さんと会った時のことだろう。まさか見られていたとは思わなかった。
「いや、あれは妻じゃなくて…」
別にやましいことをしていたわけではないのだけれど、よその奥さんに言い寄られていたなんて話をするのもどうかと思った…。
「そうなんですか?」
僕がどう説明しようか考えていると結衣はそんなことはどうでもいいとでも言うように、僕の話を遮った。
「あの人が安西さんの奥さんなら、私、勝てるなあって思ったのに!」
「えっ?」
「安西さん、自分では気が付いていないかもしれませんけど、社内の女子の間では1番人気なんですよ。もちろん、私もそのうちの一人なんですけど。だから今日はラッキー!早起きは三文の徳って本当なのね。会社に行ったら、早速みんなに自慢しちゃおう!」
意外だった。まあ、そんなことを考えたことも無かったし、女子社員を女性として意識したことも無かったから。
次の日も僕は早く家を出た。二匹目のドジョウを狙ったわけではないけれど、何かを期待していたのは否めない。昨日と同じファーストフード店でコーヒーを頼み、窓際のカウンター席についた。さりげなく店内を見渡してみたけれど、結衣の姿はなかった。
「安西部長!」
声を掛けられ振り向いた。結衣ではなかった。けれど、見慣れた顔の女性が数人そこに居た。
「結衣の話、本当だったね…」
彼女たちは僕を挟むようにカウンター席に座った。そうか!昨日のことを結衣が言いふらしたのに違いない。しかし、当の結衣本人はこの場には現れなかった。
会社に着いて席につくと、携帯電話にメールが着信した。優里!ディスプレイに表示された名前は“森井結衣”だった。




