第32話
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明け方家に戻ると菜穂子はまだ眠っていた。出掛けるまでには少し時間があったのだけれど、今から寝ると起きるのがキツイと思った。僕はシャワーを浴びて着替えてから朝食の支度をした。ねぎと豆腐の味噌汁を作ってアジの干物を焼いた。朝食を食べて、いつもより早く家を出た。
菜穂子に申し訳ないと思う気持ちは少なからずある。けれど、菜穂子を愛していないわけではない。その“愛”は“女”に対してのものなのか、家族としてのものなのかは判断に迷うところなのだけれど…。けれど、優里のことは迷わずに愛していると言える。それはかけがえのない一人の“女”として。
外を歩いている時であったり、電車に乗っている時であったり、テレビを見ているときでさえ、いいな…と、以前なら思っていた異性に対して、今はそういう感情を持つことがなくなった。僕には優里が居るから…。
男は基本的には動物の“雄”と変わらないのだと思う。女性と接する事イコールSEXをして子孫を残す事が最終的な目的なのだから。現代の人間はそこに快楽を求める。SEXはもはや、子孫繁栄のためのものではなくなったのかも知れない。けれど、僕は優里の子供が欲しいと思う。優里は…女性はSEXをどう受け止めているのだろうか。そんなことを考えていると、電車はあっという間に会社がある最寄の駅に到着した。
「安西さーん!」
森井結衣。会社の同僚の女の子だ。反対側のホームで手を振っている。僕が気付いたのを確認すると結衣は改札口の方を指差した。僕は頷いてエスカレーターへ向かった。改札階に上がると結衣がこちらへ駆け寄って来た。
「おはようございます。安西さん、今日は早いんですね」
「おはよう。君はいつもこんなに早いのか?」
「ええ、満員電車は嫌ですから」
「でも、会社に来るのはいつもギリギリじゃないか」
「はい、時間までお茶を飲みながら時間をつぶすんです。安西さんも一緒にどうですか?それとも今日は何か用事が合って早く来られたんですか?」
「たまたまだよ。用事があるわけじゃない」
「じゃあ、一緒に行きましょう!」
半ば強引に腕を取られて僕は結衣と一緒にファーストフードの店に入った。