第31話
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僕は優里と体を交えてから、優里が隣に居ないことに違和感を覚えるようになった。優里の存在が僕にとって、なくてはならないものになっているのだと思い知った。いつの日か僕の生活は優里を中心に回っていた。
携帯電話に着信がある。心が躍る。優里からだ。ディプレイに表示された名前を見てがっかりする。仕事の相手だった。僕は気を取り直して仕事の打ち合わせをする。
メールが入った。心が躍る。優里からだ。けれど、今度も相手は優里ではなかった。飲み会の連絡だった。僕は出席する旨を返信して仕事を続けた。
優里がそうそう連絡をしてくるはずが無いのは、ちょっと考えれば理解できることだ。けれど、どんなにがっかりを繰り返しても、そこに優里の名前を見つけた時の喜びには変えられない。
優里とはまだ付き合い始めて間がない。こんな短時間で、優里は僕の心を根こそぎ掴み取ってしまった。
“運命の人なんです”優里はそう言った。ただそれだけで優里は僕に近づいて来たのだろうか…。そんな疑問が未だに僕にはある。
ごく普通の中年男。それが僕だ。妻も子供もいる。優里にしてみてもそうだ。確かに優里は女性としては魅力的だ。けれど家庭がある。お互いに恋の炎を燃やすほど若くもない。僕たちがしているのはいわゆる不倫というやつだ。一歩間違えばお互いの家庭を壊しかねない。それでも、僕たちは心を通わせ、体を合わせる。
今、僕の目の前に居る優里は無邪気に微笑みながら、オイスターソースで炒めた牡蠣を頬張っている。
「貴志さんは食べないんですか?」
「あ、ああ。僕は食べて来たから」
「じゃあ、全部食べちゃますよ」
「どうぞ…。ねえ、今日、しようか?」
「どうしたんですか?貴志さんから誘うなんて珍しいですね」
「ん?別に理由があるわけではないけど。強いて言うのなら優里が可愛いから」
食事を終えた僕たちは店を出るとすぐにタクシーを止めた。




