第3話
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通勤途中、電車を待つ駅のホームでメールを入れた。
『落ち着いた?』
彼女からの返事はない。いつものことだ。彼女もこれから仕事に出掛けるのだから。ホームに滑り込んだ電車のドアが開く。すでに満員の車内に僕は押し入った。
午後。
社内の会議に出ている最中に携帯電話に着信が入った。優里からだった。
「ちょっと失礼します」
僕は席を立って会議室を出ると携帯を耳に当てた。
「今、大丈夫ですか?」
「大丈夫だから出たよ」
僕は話をしながら、廊下の突き当たりのテラスへ向かった。外に出てドアを閉めると優里のいつもの泣き声が聞こえてきた。
「どうしよう?一緒に居るところを見られちゃった」
「誰に?」
「主人に」
「どこで?」
「ホテルに行く前。タクシーを降りたところ。ちょうど、その時、タクシー乗り場に居たんだって」
「ホテルに入るところを見られたわけじゃないんだよね?」
「分からない…」
「ご主人は何だって?」
「子供をほったらかして何してた?って」
「優里はなんて答えたの?」
「飲み友達に急に呼び出されたって。お金が無いから貸してくれって頼まれたって」
その時、ドアの向こうに会議室から出て来る面々の姿が目に入った。
「状況は解かったよ。すぐに掛け直すから少しだけ待っててね」
僕はそう言って電話を切ると会議の様子を確認した。僕が席を外してすぐに、議案が可決されてお開きになったという。議長を務めていた同期の安田が微笑んだ。
「問題ない」
僕は再びテラスに出て携帯電話を手にした。
「ゴメンね。会議中だったから」
「ごめんなさい!大丈夫だったんですか?」
「大丈夫だから出たと言っただろう。それで?」