第29話
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食卓には珍しく家族全員が揃っていた。休日に家族が揃うのは最近なかった。まさか、すき焼き目当てだとも思えないけれど。
「やっぱり、すき焼きの締めはうどんだよね」
娘が言う。僕もそう思う。けれど、肉を食べすぎてもう腹は一杯だった。奮発しただけあって肉は最高にうまかった。もっとも、それは割り下の味付けをした菜穂子の功績によるところが大きいのだけれど。
不意に携帯電話が鳴った。ディスプレイに表示された名前は青山優里だった。僕は携帯電話を手に取ると書斎へ向かった。
「安西です」
『青山です。ごめんなさい。今、おうちですよね』
「そうだけど。どうしたの?」
『今から出ることは出来ますか?』
「いいよ」
書斎から出ると、食卓の椅子にかけていたパーカーを羽織った。
「あら、出かけるの?」
「うん、ちょっと」
いかにもあやふやな言い方だとは思うが、菜穂子もそれ以上のことは聞かない。
「あまり遅くならないようにね」
「わかった」
最近、よく顔を出す駅前の中華料理店。店に入るとマスターが僕の顔を見て指を2本立てた。二人なのかと確認をしているのだ。僕が頷くと奥のテーブル席を案内してくれた。緑茶ハイを注文して優里にメールした。
『着いたよ。奥のテーブル席』
送信し終わると間もなく優里は店に入って来た。
「ごめんなさい」
「いいよ。優里が会いたいと思ったのなら、僕はいつでも飛んで来るよ」
運命の人なんて信じてもいなかった僕が、優里のことをこんなに好きになるとは思っても見なかった。けれど、これは果たして僕の本心なのだろうか…。もしかしたら、優里に合わせて彼女の運命の人演じようとしているだけなのではないだろうか…。
「何か頼んでもいいですか?」
「どうぞ。好きなものを好きなだけ頼んでいいよ」
確かに、こんなにも嬉しそうな顔でメニューを眺める優里を愛しいと思うのだけれど。