第24話
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僕の視界からは彼女以外のものがすべて消え失せてしまった。彼女の笑顔だけが僕を支配した。
「…るの?」
不意に彼女が大きな声を出したのでようやく僕は我に返った。
「大丈夫?ちゃんと聞いてた?」
「いや、君に見惚れていてなにも聞こえてなかった…」
「そうよね。だからいつまでも突っ立ったままなのよね」
「えっ?でも、ダメだって…」
「だから、それはウソ。今、そう言ったわ。でもあなたはボーっとしてたから、つい大きな声を出しちゃった。だから、どうぞ。座って下さいな。ただし…」
僕は「はい!」と返事をして彼女の向かい側に座った。
「あっ!」
彼女が両手で顔を覆った。
「そうよね。聞いていなかったんですものね。そっちの椅子には鳥の糞が付いているから座るのならこっちの椅子にした方がいいわよ。そうも言ったんだけどね」
「えー!」
僕は立ち上がってズボンのお尻を見た。糞はまだやわらかかったようでべっとりと汚れていた。
そんなことがあって僕たちは仲良くなった。
「私、結城菜穂子よ」
彼女はそう言って左手を差し出した。
「安西貴志です。よろしくお願いします」
僕は両手で彼女の手を握りしめた。
久しぶりに優里からメールが入った。
優里が住むマンションの1階には何件かの店舗が入っている。そのうちの1件。中華料理の店に来てほしいとのことだった。
「こんなところ、危ないんじゃないの?」
「ううん、意外と知っている人は来ないのよ」
「だって、マンションの住人なんかはよく来るんじゃないの?」
「そうかもしれないけれど、住人をみんな知っているわけではないから」
そう言って優里は笑った。この笑顔は菜穂子に負けていない。
「それでね…」
そんな笑顔のまま優里は話を切り出した。