第11話
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いつだったろう…。優里が僕の心の中に入って来たのは…。
優里は僕に気に入ってもらおうと一生懸命だった。“運命”だと言った割りにはね。一緒にお店に行くと僕が可愛い女を連れていると鼻が高いだろうと“可愛い女”を演じてくれた。元々可愛らしい顔をしているのだから一緒に居るだけで僕は周りから羨望の眼差しを注がれた。
「ねえ?大丈夫だったかなあ」
「無理はしなくてもいいよ。優里が僕を立ててくれようと気を遣っているのは解かるけれど、優里が楽しくなかったら僕もつまらないからね」
「ううん、楽しいよ」
「それならいいけど」
周りに人が居るほど、僕の腕にしがみついてきたり、肩を寄せてきたりする。そして、「うふふ」と笑う。これを計算してやっているのだとしたら恐ろしくなる。
菜穂子は体育会系だ。優里の様に甘える仕草をしたことは殆どない。けれど、気持ちがすっきりしている。機嫌が悪い時は手におえないけれど、いつも原因が分かっているから対応には困らない。
結婚して25年。今年の結婚記念日には銀婚式を迎える。お互いに「愛してる」なんて言い合ったことは一度もない。25年一緒に居ても不満らしいことは何一つない。少なくとも僕の方には。
優里と付き合う様になって、僕は変わっただろうか?菜穂子はどう感じているだろうか?とにかく、今の所、僕には別れる理由はない。あるとすれば、僕の心が少しずつ優里に向き始めたことくらいだろう。けれど、僕には予感がした。優里に向き始めた僕の心が再び菜穂子の方を振り返ることはないと。
優里にしても機嫌が悪いことはある。僕がどんなに優しい言葉を掛けても横を向いている。何があったのかさえ話そうとはしない。そうなると僕は困ってしまう。お互いに黙ってそこに居るだけ。やがて優里は「帰る」と言って席を立つ。
僕はそういう優里も好きになれるのだろうか…。