第1話
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携帯電話の震える音で目が覚めた。零時43分。
『まだ起きていますか?』
優里からのメールが入っていた。妻の菜穂子は眠ったままだ。
『大丈夫!今、起きたから』
僕はそう返信した。
『今から出られますか?』
菜穂子に気付かれないようにそっとベッドから抜け出した。ズボンをはいてTシャツを着てドアノブに手を掛けた時、菜穂子に声を掛けられた。
「どこに行くの?」
「ちょっと…」
「こんな時間に?」
その問いかけには答えずに僕はドアを開けた。
外に出ると僕は優里の携帯に電話を掛けた。
「どうしたの?」
「もう嫌…」
彼女は震える声で呟いた。泣いているのか?
「今、どこに居るの?もう、家を出たから。今からそっちへ行くよ」
「駅…」
「分かった!すぐに行くから待っていて」
僕は電話を切ってポケットに突っ込むと駅に向かって走った。駅のそばまで来ると電車を降りた乗客たちが吐き出されてくるところだった。今の電車が最終電車だったに違いない。駅への階段を駆け上ると改札口の前にたった一人の人影を確認した。柱に寄り掛かるようにしてうつむいているのは間違いなく優里だった。僕はゆっくりと彼女に近付くと、そっと彼女の肩に手を掛けた。彼女は僕の胸に顔を埋めた。僕は彼女を抱きしめた。
「来たよ。もう、大丈夫だから」
彼女は一瞬、僕の顔を見上げた。
「ごめんね…」
「いいよ」
彼女は何度も涙をぬぐい、鼻をかんだ。僕はそのまま彼女が落ち着くのを待った。
「ごめんなさい、もう大丈夫だから」
「うん、じゃあ行こうか?いつまでもここに居るわけにはいかないから」
「はい」
僕は駅前の通りでタクシーを拾った。運転手に行先を告げ彼女と二人で乗り込んだ。