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3. 率先の面倒臭がりと腰の引けた逃亡犯。

 



××××××




「───それは、あんたが悪いの?」


「……」




××××××







 



 ぽつぽつ街灯が照らす寂しい暗がりで私は自転車を漕いでいた。道には誰もおらず、当たり前だが深夜は最早明け方間近だった。

 それであっても、私は自転車を漕いだ。私の自転車はいわゆる“ママチャリ”で、ハンドル下の前部に籠とライト、後部に荷台が在る。


 今、その荷台には自称『人殺し』が乗っていた。


 彼に漕がせても良かったが、平らな道だし意外にもこの男を乗せて走らせるのに抵抗は物理的にも無かったので。そのまま私が漕いでいる。

 まぁ提案者は私だし。だってゆるせなかった。

 訳わかんない言い訳だか混乱だかでとち狂った人間のせいで、私の人生無駄にされるのが。

 これがまだ、何か信念が在って、仕方なしに今の状況になったならまだゆるせた。

 私は信念なんかとは程遠いどうしようも無い人間なので。そんな意思のはっきり持った人間に巻き込まれたなら、あきらめて犠牲になりましょうといったところ。

 が、この男は何かむしろそこから遠い気がする。グチグチ言い訳してるしそのくせ頑なだし。ウザいし。

 別にどうだって良いんだが、私も。こいつが捕まろうが何しようが。

 しかし。もしうっかり私の話をあの刑事さんたちにバラされでもしたら。私は敢え無くご用と見た。

 ……冗談じゃあ、ないよね。

 漕ぐ足は絶え間なく動かし目的地を目指しながら、私はちらりと後ろを顧みる。自称『人殺し』の男はおとなしく荷台に座り揺られていた。

 その目に、あの研ぎ澄まされた刀の威圧感は無い。あの私の部屋に捨て置いた、もしくは落としたかのように。

 憑き物が落ちたとはこのことかもしれない。あの目の男は眼光が凶器そのもので、その威力たるや私を殺せてしまったかもしれない。


 あの目のためなら、私捕まっても良かったんだけどな。

 我ながら阿呆なことを。けど本気だった。


 本気でそう考えた。


 案外男を庇った理由は、こんな単純且つ馬鹿げたモノだったのだ。




 着いた先。やはりと言うべきか何と言うべきか。


「ゴネないでくんない?」

「ゴネてなどいないっ」

 深夜、もう明け方の病院前。非常口に佇んでの会話は音量を下げつつも会話は空しく響き渡る。結構な寒空、私は何やってるんだろうと、ひっそり長く息を吐き、けれども白くなる季節それは視覚でバレる。

 まぁわざとですけど。

 男は不貞腐れたように外方を向いた。……あんた幾つよ。

 呆れながら私は非常口のドアを開けた。微妙に田舎に差し掛かったこの界隈は、あまり防犯率は高くない。

 だからと言うか見てみろと言うか、上を見上げても悲しいかな防犯カメラは一つとして無い。

 ああ、これだから田舎は、と嘆きつつも私は戸を開け潜る。中へ半ば入り込み、私は振り返った。

「入りなよ。あんたが見るべきモノが在るはずよ」

 私の言葉に影響力など微塵も無いだろう。だけど、『人殺し』を自称する男は─────苦しげに顔を歪ませ私に従った。私は中へと体を退かし、男も中へ足を踏み入れ、後ろ手に支えた扉が音も無く閉まった。

 さて、行きますか。

 私は今度はぐりんっと男を勢い良く向く。男は何だかびくびくして、私を見た。

「なっ、何だっ?」

「部屋番号は?」

「は?」

「部屋番号。どーせ消えるまで蔓延ってたんでしょ? さっさと吐け」

 慣れか私はすっかり横柄になった。男は男で呆れたのかあきらめたのか特に抗議も突っ込みもせずただぼそり、「四〇五……」と告げた。




 そこは管がぎっしり詰まっていた。

 一言感想を言うならそうだ。

 開かれたベッドのカーテンの向こうには一人の人影が存在し、その横には機械が在り、そこから幾つかの管とまた、栄養を取るための点滴の管が伸びている。

 呼吸器も着いている。これはかなり危ないのだろうか。顔色も真っ白。さながら“眠れる森の美女、近代編”。

「ふぅん。キレイな人ね」

 青白く、それが窓のブラインドの隙間から漏れる月明りのせいじゃないと、言わしめる顔。それでさえ、美しく造形は損なわれることはなく。

 神聖な空気さえ錯覚するたかが病院の一室。まさに罪人と評するに相応しい表情で突っ立っている男に私は声を掛けた。

 一瞬体を小さくビクリと痙攣させたけど、私は意にも介さない。

 これが、この男が『人殺し』を自称する理由。

 キレイな人。美しい、女性。少女と呼ぶには少し年が上に思う。

 二十代前半、いや、後半くらいか────私が思ったときだった。

「……近所の、お姉ちゃんだったんだ」

 ぽつり。飴玉を口から落とすようなうっかりさで、男は言葉を放った。

 私は何も言わない。無言で次を要求した。

「小さいとき、こっちに引っ越したんだ。ばあちゃんが体悪くて。父さんだけが仕事で向こうに残った。……小学生の、ときだった」

 私は男の言葉に想像する。突っ立っている男の、目付きをままに小さな男の子を。

「母さんとばあちゃんと三人で引っ越した古い平屋は大きくなかったけど小さくもなくて……特に小学生の俺には大きく感じた。その家の隣りに住んでたのが、お姉ちゃんだったんだ」

 私は女性に目を向けた。相変わらず眠ったままだ。

「お姉ちゃんはキレイでやさしかった。母さんがちょっといないときのばあちゃんの世話とか、嫌な顔一つせずしてくれてた。やさしかったんだ」

 不自由な感じのお婆さんを手伝うこの美人のイメージ。小学生の少年にはさぞかし麗しき『天使』に見えただろう。

「俺が友達と遊んでてうっかりジャンパーの袖破っちゃったときも、母さんに内緒でお姉ちゃんが縫ってくれた。うれしかった」

 大好きなやさしくてキレイなお姉ちゃんに、ジャンパーを縫ってもらう少年。頬なんか染めちゃってほんのちょっとうれしそうに。

 やっぱ縁側か何かで縫ってもらってたのかな。ランドセルは傍らに置いちゃって。そんな感じだったのか。微笑ましい絵巻が私の頭に空想として映る。


「でも、」


 私の脳内のあたたかな虚像が声で途切れた。


「俺が大きくなって、姉ちゃん変わっちゃったんだ。変な男と付き合って。遊ばれてて。近所でも有名だったのに。高校生のときだった」


 再び男に目線を戻す。フォーカスを合わせて見据える。頭では少し今より幼げな制服のこの男と、目の前のまだ血色の良いころの女性がいる。女性は見知らぬ男と腕を組み少年に背を向け遠ざかっている。

 男は続けた。


「そいつは凄い金遣い荒くて。お姉ちゃん名義で幾つも借金してた。手口だったんだ。でもお姉ちゃんは信じてた。“悪い人じゃないの。ただ寂しがり屋なだけなの”、そう言って……。結局膨らんだ借金におじさんおばさんが家を手放しても自殺しても、お姉ちゃんは変わらなかった」

 叱られそれでも縋るように“悪い人じゃない”と繰り返す女性。周りの目が痛くても少年に────目の前の男に訴えることで自身に言い聞かせたのか。男はずっと、今みたいな表情をしていても。

「お姉ちゃんは働き始めた。まだ残る借金返すのに水商売。さすがに母さんが俺に“もう付き合うな”と言った。父さんも俺を窘めた。ばあちゃんはもうこの世にいなかった」

「でもやめなかった?」

 初めて、私は口を挟む。

「うん」

 男は頷いた。


「お姉ちゃん、捨てられたんだ。その男は結婚したんだって。そいつ自体は借金なんか無いから。キレイな身のままお姉ちゃんじゃない女とデキちゃった婚。これが二箇月前」

 ……ああ。

「それが自殺を図った理由?」

「ちょっと違う」

 男は、今度は否定した。


「自殺しようとしたのは、俺のせい」

 男は深呼吸する。余程勇気が要るのか決断がなかなか下せない。私は苛つく間だけど、敢えて待った。状況判断くらいは出来る。


「俺のせいなんだ。俺、そいつに逃げられて酒飲んで荒れたお姉ちゃんに言っちゃったんだ。

“そいつがお姉ちゃんのこと、傍から見たって愛してないってわかるよ”って。

“わかってないのお姉ちゃんだけだ。みんな知ってた。利用されていただけなのなんか”

 ────それからだった」

 脳みそでは男女が揉み合ってる。一人は自棄になって喚いていて、一人は必死で酒瓶とか取り上げている。そして堪らず叫んだ。“愛していたのはあなただけだ”、と。

 女は愕然とする。男は罪悪に蝕まれる。一瞬の出来事。

 すべては私の想像の内。こんな感じ? な世界。

 けれども強ち外れてはいないはず。

「俺がそれ言ってしばらくして────お姉ちゃんに誘われた。湖に行きたいって。俺は散歩とか気分転換だと思ったんだ。だってお姉ちゃん明るかったし。昔みたいに。だから、だから……」

「付いて行っちゃった」

 男は口を噤み。首を縦に振った。

 気配が泣いていた。後悔していた。

 男の後悔はどれ程なのだろう。

 と言うか、どこがそれに値するんだろう。


 大好きなお姉ちゃん。

 莫迦な男に引っ掛かったときか。

 言ってしまった言葉にか。

 それより止めなかった入水自殺か。

 入水自殺のとき、何を話したのか。どうだったのか。男は話さない。話せないのか。泣いているからか、内容が内容だからか。


 私は想像も出来なくなって口にする言葉も見付からなくなって、自分を持て余しただ思い付いたことを言った。簡単な質問。

「───それは、あんたが悪いの?」

「……」

 疑問だった。だって何かそれって違うと思う。確かにお姉ちゃんは死のうとしたけれど。その責任をどこまで負うつもりなのか。無理に決まってる。


 自我を持つ一人の人間の責任なんて、結局は誰にも負えないんだ。たとえ、それが一国の主でも。大統領とかそんな人の上に立つ人間であってもだ。

 それを。それをこんな小さな人間に背負える訳ないじゃない。私は吐き捨ててしまった。余りに下らなく思えて。


「莫っ迦じゃないの? あんたのお姉ちゃんが望んだんじゃない。選んだんじゃない? その駄目な男に尽くすのも借金したのも自殺図ったのも。みんなみんな、お姉ちゃんが決めたんでしょーが」

「……」

「それをあんたがどうこう負い目被るなんて傲慢よ。そう言うのはね、自意識過剰って言うのよ」

「───」


 男は唇を噛んだ。どうだって良かった。何か拍子抜け。何か、とどのつまりはよく在る話ってヤツだった、訳だ。つまらない。

 別に非現実を望んでいたんじゃないけど、もっと特別に何か有っても良かったのにね。ああ、眠い。私は欠伸をして伸びをした。そして男に背を向ける。


「……じゃ、そー言うことで。まぁ私から言えるのは、“下らない”ってこと。ただ付け足すなら、

 ────お姉ちゃんも、あんたに殺人犯になられると寝覚め悪いだろうから、洗い浚い吐いちゃいなさいね」

 あの禿げた刑事さんと般若の刑事さんにね。私はそう告げてお姉ちゃんとやらの病室を出た。


 どれだけ経ったか時計を忘れたからわからなかったけど、まだ空が明るくなり切ってないから夜中かなと思う。さぁ帰って寝るべ寝るべー、と、私は自転車を漕いだ。







【To be continued.】

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