彼と僕とかわら
おはよう
僕はかわらに座り込んだ中学生くらいの子供に語りかけた。別に知り合いというわけではないが、僕がいつも通る散歩道にいたからついつい話しかけてしまった。
彼は短い髪を風に揺らしながら振り向いた。
それから彼は僕を見ると驚いたような顔をしたがすぐに無表情で返してきた。
「何してんの? お前」
別に何もしてないよ ただ歩いてるだけ
「こんなところを?」
彼は指先で石を弄りながら辺りを見渡して、不審そうに不審な僕を見る。
失敬な、人をそんな目で見るとは。むかついたから聞き返してやろう。
それなら君はなんでこんなところにいるんだい
僕がそう言い終わると風が急に強くなってきた。
彼は苦々しい表情をしたかと思うと顔を伏せてしまった。これには僕も困った。落ち込ませるつもりはなかったのに。
このままでは世間的に僕が悪者になると思い、彼の横に座り話題を振った。
この前ね 困っている女の子を見たんだ 小さい子だったよ
僕がいったん話すのをやめると、彼が顔を少しあげて僕の方をちらちらと見てくる。話の続きが気になっているようだった。
それを僕はそっと確認してからゆっくりと続ける。
その女の子をね 観察してみたんだ よーく見てたらね
その子が迷子ってことがわかったんだ
そこまで言って僕はもう一度流し眼で彼をでみる。彼は顔をあげてこちらを食い入るように見ていた。
だけど僕はそこで話を絶った。なんとなくだ、意味などない。だから僕は立ちあがろうとした。
すると彼は僕のズボンの裾を無言で掴む。話の続が気になるのだろう。逃げるつもりはないのにな。立っただけなのにな。
僕は座ってもう一度話し始める。
その女の子がね
いつまでたっても親が迎えに来ないんでついに泣きだしたんだよ
僕はもう一度話をとめた。彼が捨て犬のような瞳で僕を見てくる。
今気付いたが彼はずっと僕のズボンを握りしめていた。しわになったらどうしよう。
僕は落ちを語ろうとしたがそれでは平等でないと思った。
ここから先が聞きたかったら君がなんでここにいるか教えてよ
彼は僕の言葉に一瞬どきりとした表情になり重々しく口を開ける。
「家に入れないんだ。誰も出てくれない」
彼はそう言ったきりうつむいてしまった。
僕が落ち込んでもしょうがないし彼に同情もしたくないので話の続きを語りだす。
だんだんその女の子が可哀相になってきてね
耐えきれずに声をかけたんだよ 僕は
それからどうなったと思う?
僕は彼に問いかけてみた。しかし彼はまだ顔を伏せている。
だけどそれは落ち込んでいるのではなく考えているようだった。
すると彼は答えが浮かんだのか、生気に満ちたように顔をあげて答えた。
「通報された」
彼は僕の顔を見ながら笑っていた。生気に満ちてたんじゃなくて悪ふざけを思いついただけだったんだな。
だけどその答えは残念ながら違う。発想自体は間違ってなかったかもしれないけどね。
出来る限り彼の神経を逆なでるように僕は言う。
不正解だね 残念だけど
すると彼はふざけて言っただけだからか、全くくやしがろうとせずにつぶやいた。
「やっぱりか、まあ当てる気はなかったし」
僕はそんな彼を感じて最近の子供はゆがんでいるなと思ったが、自分の年齢を考えるとしょうがないかと考えを改めた。
「で、答えは何?」
彼は初めと比べると、とてもいい顔で僕に聞き返す。
少しだけ息を溜めて僕は空を見ながら声を出した。
気づなかったんだよ 少女は僕のこと
僕がそう発したら彼はただ絶句していた。だけど僕には意味が分かるよ、彼の表情の意味が。
彼の言いたいことは話の意味がわからないのでも、僕のことを不憫に思っているのでもない。
普通の人には見えないだろう。でも僕には見える、彼が、彼の意思が。
すると彼が恐る恐る口を開く。
「なんで気付かれなかったの?」
そんなこと聞くなよ 分かってるんだろ? 君も
「え?」
彼は本当は分かっていたがとぼけてみせていた。嘘をつく事は頂けないな。
僕は嘘をついた彼を睨んだ、ほんの少し。ほとんど普通に見るように。
だけど彼はすごく怯えていた。
僕は睨むのを止めて平坦に言った。
死んでたからだよ
彼はとたんに凍りついた。それから怯えたように口を開く。
「あんたは幽霊が見えるの?」
みえないよ いや みえてるかな
僕は一旦言い切ったがすぐに言いなおした。
彼はそんな僕を怯えはしたが不思議にも思ったのかもう一度尋ねてきた。
「それって?」
いけない子だな。僕はそう思ったがしょうがないので教えてあげることにした。
死んでるんだよ 僕はね
すると彼は驚いたように声にならない声をあげた。それから開いた口がふさがらないような状態が続いたが、ようやく落ち着いたのかゆっくりと喉から音を出す。
「なら、なんで俺はあんたが見えるんだ?」
いけない子だ、そんなことも分からないなんて。見ようとしないなんて、本当にいけない子だ。
でも本当に分からないなら教えてあげるよ。
死んでるんだよ 君は 君もね
彼は絶句した、二度目の絶句だ。自分が死んでいると言われて平常でいられる人間はいないだろう。逆にいたら見てみたい。
そう思っていたら顔をひきつらせながら彼はいきなり笑いだした。
「あは、はは、俺が死んでるって? 冗談はよしてくれよ」
君はかわらに座ってるんだよ
僕は彼が動かないように肩を掴んで釘を刺した。
でも彼は意味がわからないって顔をしている。
「何が、言いたいんだ?」
下は 君の家かい?
僕の言葉を聞いて彼は足元を見る。
彼の眼には、まごうことなき瓦が入ってきた。
僕と彼は家の、屋根の上に座っていた。だが彼はそのことに今気付いたように驚愕していた。
だけど僕は彼のことを気にせずに続ける。
君は家族に拒絶されたか それとも拒絶したか
そんなことがあって死んだんだろうよ だから家に入れない
彼の方を見るとまたもうつむいていた。少し言いすぎたかもしれないと僕は思ったが、彼は悟ったような視線を僕に向けると小さくつぶやく。
「俺、もう死んで……」
全て言い切る前に彼はどこかに消えていた。
それを見届けると僕は日課の散歩に戻る。風はもう止んでいた。