ヒーローに なりたい ~ 寺崎瑞樹の物語~ (九十九番目のアリス・番外編)
ヒーローになりたい。
戦隊モノを見たならば、一度は 誰もが憧れるはず。
強くて、カッコよくて、多くの人を助けて、周りから 頼りにされて。
別に、人の役に立ちたいとは 思ったことはない。
ただ、カッコよくなりたい。
れっきとした男なのに、《可愛い》と称されてしまうから、尚のこと。
※
名前は、寺崎 瑞樹≪てらさき みずき≫。
職業、学生。 何となく入学した、そこそこレベルの 高校二年生。
ゆとり教育の影響か、元からの 個人の性格からか。
のんびり…… とは聞こえはいいが、どこか ぼんやりとした毎日を過ごしてきた中で。
突如 迷い込んでしまった、奇妙な世界 ローリィヴェルテ。
戦わなければ、殺される。 奪わなければ、奪われる。
勝者のみが 絶対であって、敗者には 何の権利もない。 生きる価値も、無い。
そんな、徹底した世界のルール。
ジョーカーのような 変な格好の《案内人》を見る限り、まさか こんなに残酷な世界だとは、誰も想像しないだろう。
《護衛を選んで下さい》と言われ時も、瑞樹の危機感は 薄かった。
漠然と、自分は 《勇者》にでもなれたかのように感じていたのだ。
シュミレーションや ロールプレイング――― 慣れ親しんだゲームの世界のように、いつかは 強くなれる…… 強くなる チャンスがくる、と。
今にして考えれば、どうして そう図々しくも思えたのか、不思議でならない。
瑞樹が 選んだのは、《郵便屋》だ。 男の名前は、ルイ。
赤茶色の長髪を 後ろで結び、顔には そばかすだらけ。 へにゃっと笑う顔が 印象的で。
《イイ奴》とは、まさに 彼のためにあるような言葉ではないだろうか。
おもちゃみたいな パチンコしか召喚できなかった、戦闘力ゼロの 瑞樹のことを、とにかく 助けてくれた。
足の速さと、身のこなしの素早さでは、負けない…… そう、胸を張って。
《戦えないなら、逃げればいい》
《逃げて、結果的に 生き残ることだって、この世界では 重要なことだ》
そう言い続けて、一緒に 敵から逃げて 逃げて。
途中、本当に 些細な《依頼》を受けて、お礼にドロップをもらって…… ドロップの数が 十一個になった時、二人は 関わってはいけない連中と、うっかり遭遇してしまったのだ。
《赤の連合》。
アリスと 護衛たち、ベテラン揃いの集団で、特に 残虐非道で有名な七人組だ。
ウワサ程度には、瑞樹たちも知っていた。 近くの町に、滞在していることも。
だから、なるべく会わないように、わざと裏道を使って移動していたのが…… 裏目に出てしまったのだ。
問答無用で、攻撃された。
会話の余地なんて、少しもない。 まさに、戦って、奪って、お終いにする やり方だった。
当然、瑞樹にも ルイにも、反撃するチカラなど 持ち合わせていない。
七人もいれば、逃げる隙だって、見つからない。
あっという間に、吊るし上げられた時の恐怖は、言葉では 言い表せないものだった。
こんなところで、死ぬのかと。 こんな、理不尽な理由で。
敵わないと知りつつ、腹がたった。
怖くても、何でも、そのまま死ぬよりは、何かしてやりたかった。 これまで、散々 自分を助けてくれた、ルイのためにも―――。
無い知恵を絞って、ようやく 導きだした、《反撃》の方法。
それは、旅の途中の ウワサで耳にした、護衛の《解任の仕方》だった。
※
半信半疑だったが、ルイを助けることに成功し。
自分も 何とか、運良く逃げのびて。
けれど、やっぱり世界は そんなに優しくはなく。
出くわした、他のアリスに襲われ、森では 獣に襲われ、町では 住人に騙されて。
誰も、信用できない。 そもそも、信用することが、間違っているのかもしれない。
助けてなんて、くれないのだ。
護衛もなく、たった ひとり。
これから 生きていくためには、もっとズルく、他人を利用して、自分が損をしないように。
だから。
どう見ても アヤシイ、黒ずくめの男に 声をかけられた時も、利害が一致したから 話に乗っただけだった。
九十九番目のアリスの《捕獲》に協力すれば、始まりの地に 連れて行ってくれる。
始まりの地まで戻れれば、新しい護衛を選ぶ、権利が発生する。
瑞樹にとって、断る理由はない。
そのアリスには 申し訳ないが、自分も必死だった。 生きて、いくために。
そうして、瑞樹は 初めて 叶人という女性に出会うこととなる。
※
バカとしか、言いようがない。
何で、こんなに簡単に、信じてしまうんだ。
白ウサギは、さすがは護衛だ。 こちらのことを警戒して、ちゃんと忠告している。
しかし、肝心の本人…… 叶人という女は、その忠告を理解していないようで。
怪我に対して 手当てをするなんて、間抜けにも 程がある。 どうして、そんなに危機感が足りないんだ――― と、思わず 言ってやりたくなるが。
苦しめばいいと…… 苦い喜びが、胸の中に広がっているのも事実だった。
世界に来て、まだ数日しか経っていない、新米のアリス。 この世界の仕組みを、身を持って知ればいいのだ。 自分が…… 経験してきたように。
真っ直ぐな瞳には、正直 居心地が悪かったが、どうせ ここだけの関係だ。 この先、二度と会うことも無い。
無理やり 自分を――― 自分の行動を納得させて、瑞樹は 契約通り、赤ずきんたちに バトンタッチして……。
猟銃の音が 響いた時、どきっとした。
今まで、自分が されてきたことを、今 自分が誰かに してしまったと気付き、愕然とした。
いつから、自分は こんなに卑怯な人間になったのだろう。
生きていくためには仕方がないと言いながら…… ルイを助けたいと思った あの時の気持ちは、どこに 置いてきたのだろう。
恥ずかしい。
無性に、自分自身が 恥ずかしくなった。
結局、アリス捕獲に失敗したとして、黒い集団から 攻撃を受けて―――。
今度こそ、もう 終りだ。
覚悟を決めて、目を閉じたところに、彼女が姿を現した。
捕獲しようと、騙したはずの…… 九十九番目のアリスである、叶人本人が。
※
《通りすがりのチンピラ》だとか、《単に 目障りだったから》とか。
瑞樹には、とても 思いつかないようなセリフの数々に、開いた口が 塞がらなかった。
とにかく、圧倒的な 強さ。
《助けに来たわけではない》と言いながら、しっかり 傷を癒してから去ろうとする、その潔さ。
《騙されたのは、自分に魅力が無いから》と、一切 瑞樹を責めることもしない、その態度。
カッコいいと、素直に思えた。
自分が 思い描いていた、真のヒーローが、目の前に現れたかのように見えて。
どうしたら、そんなに カッコよくなれる?
どうすれば、そんなに カッコよく いられる?
見た目の年齢は、自分とさほど 変わらないように見える。 高校三年生か…… 大学生くらいだろう。 育ってきた環境も、性別も 違うけれど。
この世界に来てから 失くしかけていた 《何か》を、取り戻せるような、そんな感じさえする。
今更、信じてほしいなんて、ムシが良すぎるのは、わかっては いても。
叶人の そばにいれば、変われる気がする。
根拠はなくても、漠然と、そう思わせる《何か》を、彼女は持っている。
それだけは、確かだから。
※
ヒーローになりたい――― ずっと、そう思ってきたけれど。
これからは……。
彼女のように――― カッコよく、なりたい。
女の人に、カッコいいなんて言ったら、怒られるかもしれないけれど。
どうすれば、そうなれるのか わからないから。
今は、ただ。
白ウサギに 邪魔だと言われようが、叶人に付いていく。
いつか、自分も。
叶人のように、カッコよくなりたいから。
※
瑞樹にとっての すべては、この出会いから 始まるのである。
今後、主要キャラを 毎回ピックアップして、本編の合間に 《番外編》を書くことにしました。 (いつ 入るかは未定です)
第一段、ミズキ編は いかがでしたでしょうか。
筆者の力量不足により、未だ 本編のミズキは目立たぬまま…… 読者の方に、忘れられている存在ではないかと思い、彼のエピソードから始めました。 感想などを頂けると、ありがたいです。