勇者になれない人形師は精霊の夢を見るのか?
俺の名前は金依匡也。人形師を生業とする俺は今、異世界にいる。勇者召喚で召喚されたのはいいが戦闘力が皆無だった俺は失格の烙印を押され、言葉以外何も分からない異世界に放り出され―――2年。
独自に帰る方法を捜しつつ、テンプレ的な冒険者の職に就いてそれなりの知名度を得た俺は、今。
丸腰で狼の群れと対峙しています。
『胎児よ、胎児よ、何故躍る?
母親の心が分かって、恐ろしいのか!』
俺が3ページで投げた小説の文句を拝借した呪文に応えて、地面が盛り上がる。
地面にクレーターを作って生まれたのは、感情なき土塊の人形―――ゴーレムだ。 一時期オカルトやら魔法やらにハマっていたために蓄えた知識から生まれたゴーレムは、俺が腰に下げるナイフに刻んだ『EMETH(真理)』のうち最初のEを削って『METH(死)』にする必要がある。俺が消す分にはそんな面倒な事は必要ないが、このルールを知らない敵には倒せない。
―――例えば、俺達を囲んで牙を剥くバカデカイ狼型の魔物の群れとか。
「グルルルル」
「ガルルルル!」
「ウガゥッ!」
リーダー格の白い狼が吠えると、黒い狼達が一斉に襲いかかってきた。
「エメス! 狼を皆殺しにしろ!」
俺の命令に応えて、そのまんまエメスと名付けたゴーレム達が狼を殴っては潰していく。奴らの身体は土でできているから、狼の牙も爪も通さない。
「キョーヤ、あれはやり過ぎじゃないの?」
俺の隣に、いつのまにか小さな少女が立っていた。
銀の絹糸の髪に紫のグラス・アイ。黒いレースのヘッドレスの両側には薔薇があしらわれ、ふんだんにレースとフリルを重ねた黒いドレスの裾には十字架。
彼女は俺が作ったビスクドール、精霊シリーズ第3ドール・《風精》シルフィリアだ。元々はただのビスクドールだったが、風の精霊が憑いたので歌って踊れる上に風を操る人形になった。ちなみに、召喚された俺が服以外に持っていた数少ない物でもある。
「フィ、今回の依頼の狼の群れってあれだけか?」
「そーよ、あれで全部」
俺達はギルドの冒険者として、今回は村人を襲う狼の群れを討伐する依頼を受けていた。狼の数が思ったより少ないから、ゴーレム2体じゃオーバーキルになりかねない。
「本当はもうちょっといたんだけど、そこは三姉妹がやっつけたみたい」
「嘘だろ!? アイツらの武器で狼が殺せるのか!?」
三姉妹は、俺がこの世界に連れて来る形になった3体の日本人形だ。元の世界にいた頃から勝手に動いたりする節があったが、この世界で土着の神様が降りていた事が分かった。精霊の魔法を使うシルフィリアと違って、武器を振り回して戦う形を取る。
…この狼の毛皮、結構固いはずなんだが。
「主様ー!」
「我ら三姉妹、ただ今帰還致しましたー!」
「褒めて下さいませー!」
噂をすれば何とやら。呪いの人形三姉妹が戻って来た。上から長女・撫子、次女・藤花、三女・姫椿の台詞だ。
薙刀を得物とする黒髪ロングの長女・撫子。和鋏を使う簪で髪を団子にした次女・藤花。無数の針を自在に操るおかっぱ髪の三女・姫椿。日本人形三姉妹の特徴を簡単に述べると、大体こうなる。三姉妹は揃って俺を主様と呼び、シルフィリアより丁寧に扱ってくれる。そして三姉妹と俺には、ある共通の目的があった。今回の狼退治を引き受けたのも、それが理由だったりする。
「よーし、全員揃ったな! んじゃあ、報告に行くか!」
俺と三姉妹の顔が満面の笑みを浮かべているのに対して、シルフィリアがどこか呆れた顔をしていた。
この世界の精霊である彼女には、なんで俺と三姉妹が今回の依頼に情熱を傾けるのかが分からないらしい。
さて、報告すべく村に戻る道すがらに俺の話をしようと思う。
俺は地球にある島国・日本で三十路を目前としつつも女っ気なしに趣味に走る人形師だった。それが、最新作でとある馴染み客の依頼で作った人形であるシルフィリアを梱包し仮眠を取るべくリビンクに行こうとドアを開けたら異世界だった。召喚されたと理解するのに時間が必要だった。
訳が分からないままローブ姿のジジイ共が感極まって抱き合う様を見せられ、何やら身体を調べられ(後からステータスやスキル、チートの確認だと分かった)、「失格」と言われて放っぽり出された。
いやあ、「同じ名前だから」と言って風の上位精霊・シルフィリアがうちのビスクドールに宿ってくれなかったら野垂れ死にしてた。とりあえずある程度の常識は教えてくれたし、カマイタチで狩りという名の食料調達もしてくれたしな!
俺はそれからギルドの冒険者になり、「不思議な人形を作る凄いけど抜けてる兄ちゃん」という褒められているのかけなされているのか分からない評価を受けるも知名度は上がっていた。
ギルドの凄い冒険者は国も簡単には手出しできないので、俺の目標はそこだ。
今は俺という失敗作勇者の事など忘れて次の召喚に勤しんでいる神官や王族に目に物見せてやるのだ。復讐という料理は、冷めてからが美味しいです。
元の世界のであれ、この世界のであれ、俺が作った人形には「何か」が宿る。それは自然にその辺を飛び回る精霊から神の端くれ、中には俺の意思が生んだ人工精霊とでも称するべき物まで様々だ。これが、俺がこの世界で得た唯一の能力である。
人形に関する事のみ働くチート。ゴーレムでもキョンシーでも好きに生成できて、人形を作れば高次の物が宿る。身体の一部を入れて本人そっくりのマリオネットを作れば、動きが本人と連動する。元の世界で「人形作家」ではなく「人形師」の看板を掲げていた俺には相応しい能力だ。
「主様ー」
「どうなさいました?」
「村に着きましたよー?」
「放っときなさい、これはもう治らないわ」
「黙るのはお前の方だ、シルフィ」
俺はため息をついた。こいつらから目を離すと禄な事にならない。
俺は人形達にため息をつきながら、村長の家の扉を叩いた。相変わらず、興味津々といった表情で村人が人形達を見ている。特に、着物姿の三姉妹は目立つようだ。
「キョウヤ様、これはお早いお帰りで!」
村長が人の良い顔で俺の方へ走って来た。俺はそのまま押し倒すんじゃないかという勢いの村長を手で制し、袋詰めにした討伐証明である狼型魔物の左耳を出した。
「お、おぉっ! これで依頼は完了です! 本当にありがとうございます!」
村長はもう泣きそうな顔で握った俺の手をぶんぶんと振った。
「報酬はこちらに。お受け取り下さい!」
報酬。この言葉に俺と三姉妹が反応した。…べ、別に守銭奴という訳じゃないからね!?
ここ、スルエラ村村境での狼討伐依頼の報酬。それは―――
「この匂い…やはり…」
それは、村特産の調味料。
この世界では評価が今一つだが、面白半分に買って行く者も多いらしい。俺達にとっては、懐かしの品物。
村長が持って来ていた『それ』を一匙摘んで口にする。
「味噌だあああああっ!」
そして俺は、三姉妹と共に快哉を叫んだ。
「いやあ、受けた甲斐がありました! これ、俺の国では万能調味料なんです! 国に帰れないけど食べたいし、こちらとは主食も違うから手に入らないと思ってました!」
今度は俺が村長の手をぶんぶんと振る番だった。村長は目を白黒させながらも、褒められるのは嬉しいのか満面の笑みを浮かべている。
「それはようございました、キョウヤ様! こんなに喜んで下さるなら、もう一つ差し上げます!」
「村長、アンタいい人だ!」
俺は村長の背中を叩いた。そして、奥さんの許可を得て三姉妹と共に台所を借りた。日本人の味覚を持つ俺だから、できる物がある。
次の日、俺は味噌を二壷もらって村を出た。昨日の夜、俺は現段階で再現できる日本食を振る舞った。「偽麦」という名称で売っていた米(もどき)を炊いて、味噌を塗った焼きおにぎりや味噌汁、味噌味の煎餅などを作った。煎餅は好評だったので、近い内に新たな名産品になるかもしれない。
「主様、お味噌が手に入ったのは大きいですね!」
「次はお醤油を捜しましょう!」
「…お前ら、元の世界に帰るって目的忘れてないか?」
藤花と姫椿の台詞に俺はため息をついた。大抵ストッパーをしてくれる長女・撫子も止めてくれない。この三姉妹にはやはり、自由に動ける分この世界の方がいいのだろうか?
帰る方法が見つからない以上、暮らしやすくするべく努めるのは当然だけど。
「私は、キョーヤ達みたいにあれが美味しいとは思えないわ…。あ、でも『センベイ』は好き!」
やはりこの世界の精霊であるシルフィリアだけは米と味噌の美味しさが分からないらしい。米を「偽麦」と言って小麦やライ麦が手に入らないけどパンが食べたい人に売っている世界だ、責めはしないが。それでも煎餅は気に入ってくれたようで、俺としては嬉しい。
「うっし、帰るか!」
あの懐かしい元の世界に帰る術は分からない。でも、あの世界に帰れば今までのようにフィや三姉妹と話したりはできないだろう。
本当に帰り方が分かった時にどうするかを頭の隅で考えつつ―――俺は、この世界での『家』へ帰るために一歩を踏み出した。