真面目なチクワはつまらない女だそうです
王立魔法学園の卒業記念パーティ。
色とりどりの花で飾られた会場には音楽が流れ、参加者たちはグラスを片手に楽しげに友人たちと語らっている。
本来ならば、このまま和やかな時間になるはずだった。
だが――
「チクワ・フォン・スリーミ。この場をもって君との婚約を破棄させてもらう!」
和やかな空気は高らかな声によって切り裂かれた。
婚約破棄の宣言をしたのはカマボーコ・タラノ・オーニック。彼はカマボーコ侯爵家の跡取りであり、チクワ・フォン・スリーミ――つまり私の婚約者でもある。
いや……もう過去形なってしまったか。
婚約者だったが正しいのだろう。
「カマボーコ様、どうしてですか。理由をお聞かせ頂いてもよろしいですか?」
「それはな、君を見ていると腹が減って仕方ない……いや違う(何を言っているんだ僕は?)、君がつまらない女だからさ」
「つまらない女……ですか」
ひどい言いようだとも思ったが、事実はそうかも知れない。
魔法学園の在籍中、私はずっと勉学に励んでいたのだから。
魔法学園で勉強できるのは、貴族人生においてこの3年間しかないのだ。そう思うと、とても貴重な時間に思えた。出来るかぎり知識を得るために起きているほとんどの時間を勉強に割いていた。
もちろん在学中にカマボーコ様からお誘い頂いたこともあった。だがカマボーコ様は勉学よりも遊びの方に興味が向いていたせいか、私との会話はあまり弾まなかった。
それ以来、カマボーコ様からお声掛けがくることもなくなっていたので、こうして面と向かって話すのも久し振りだったりする。
「チクワ。君は堅苦しい話しかできないだろ。君といると息が詰まってしまうんだよ」
「そうですか……申し訳ございません」
「その答え方ひとつとっても堅苦しいんだよね。真面目過ぎるといえばいいのかな」
私は魔法以外にも領地経営、算術、経済についても頭に叩き込んできた。そのせいか話の内容は堅苦しいものになっていたかもしれない。
でもそれは……彼との将来を思ってのことだった。彼のとなりで一緒にオーニック領を盛り上げようとしていたことで。どうやら彼には理解してもらえなかったようだけれど。
いつまにか俯いてしまっていた。
私が顔を上げると、カマボーコ様の隣には勝ち誇った顔の令嬢が立っていた。
豊かな金髪を縦ロールにセットした令嬢――アッカーイ男爵家の令嬢であるカニカーマ・アッカーイだ。
それにしても、タラノ様とやけに距離が近い。
「僕はね、君のようなつまらない女じゃなく、こちらのかわいい令嬢と結婚することにしたのさ」
「まあ、カマボーコ様ったら~」
猫が甘えるような声を発した彼女は、長い縦ロールを揺らしながらカマボーコ様の腕を取るとピッタリと身を寄せた。
「こんなにも大勢の方々の前で。とっても情熱的ですこと。そこもカマボーコ様の素晴らしいところですけれど♡」
「そりゃあ、こんな地味な女よりもカニカーマのほうがいいに決まってるからさ。父様ももう少し考えてほしいものだよ」
「チクワ様はお勉強ばかりで女性としての魅力がありませんものね~」
一瞬こっちに目線を送った後、カニカーマはカマボーコ様に視線を戻した。
上目遣いで見つめられたカマボーコ様は嬉しそうに頬を緩めている。
なるほどね、カマボーコ様はこういう分かりやすいタイプが好きなのか。
たしかに、私にはああいうのは真似出来そうもないし仲良くなれるタイプでもない。
実家であるスリーミ伯爵家の両親は質実剛健な教えだった。幼少の頃より、女の武器を使って男に取り入るより己の知力で戦えと教えられてきた。そんな私には……あの様に甘えるなど、あまりにも難易度が高すぎる。
「カマボーコ様ぁ~、そんなことを言ったらチクワ様がお可哀想ですわ」
「僕はね、本ばかり読んで政治や経済の話ばかりしているような女には興味がないだけ。愛してているのは君だけさ」
「まあ、カマボーコ様ったら……♡」
2人はひと目もはばからずに見つめ合い、イチャイチャし始めてしまった。
高らかな宣言でただでさえ注目を集めていたというのに、この突飛な行動によって周りの卒業生たちもざわつき始めている。
「カマボーコ殿、その話は本当かな?」
後ろから声をかけてきたのはハンペーン・シロイ様だった。
ハンペーン様と私は常に首席争いをしてきた言わば宿敵の様な関係だ。私は特に気にしていたなかったが、ハンペーン様はなぜか私をライバル視しことあるごとに絡んできていた。
だが魔法学園では常に私がトップだったのでハンペーン様はいつも2位に甘んじていた。そんな目の上のたんこぶのだった私の情けない姿を見たのだ。これ幸いと笑いにでもきたのだろう。
「これはハンペーン殿。その話とはなんのことですかな?」
「チクワ嬢との婚約を破棄されたということだ。相違ないか確認したい」
「そのとおり、今しがた僕はチクワとの婚約を解消した」
「そうか……それは好都合だ」
ほら、笑いたければ笑いなさいよ。
そのためにきたんでしょ?
「ならば私がチクワ嬢へ求婚させてもらうが問題ないな?」
「は? まあ、問題はないが……あんなつまらん女の何がいいのか」
「カマボーコ殿には彼女の素晴らしさが分からないのだろうな……」
「……??」
え……嘘でしょ? どうして?
ハンペーン様が私に求婚ですって?
私たちはライバル関係だったけど強敵と呼べるような間柄じゃなかったはずよね……?
戸惑う私を気に止めずハンペーン様は一直線に向かってくる。
「チクワ嬢。ぜひ我が妻になっていただきたい」
「えっと……でもハンペーン様は私がお嫌いだったのでは」
「そんなことはない。貴女が『チクワ型魔法陣』を開発した時から心を奪われていました。婚約者がいないのであればぜひ私とお願いしたい」
「いや……そ、その」
うそうそウソ嘘……待って、心の準備ができてないんだけど。
それよりも、ちくわ型魔法陣ってなによ。あれは『空洞式積層魔法陣』って名前なんだけどぉぉ!
「なら、こうしよう。私と一緒に魔法騎士団に入ろう。そこで私がチクワ嬢よりも活躍できたら結婚してくれないか?」
「また私と勝負するおつもりですか?」
「そうだ。今度は絶対に負けない」
「…………ハンペーン様」
王立魔法学園の成績優秀者は魔法騎士団への入団が許可されている。
魔法騎士団といえば、この国の騎士団の中でも花形だ。そこに富と名声もついてくる。
婚約破棄されて行き場のない私にとっては、非常に魅力的なお誘いではあるけれど……
「まてっ! チクワ嬢と結婚するのは俺だ」
声のする方を振り返ると、そこにいたのは隣国から留学生としてきていたナルト・ラーセン王子だった。
ナルト王子とは同学年だったが、ほとんど話たことがなかったはず。その彼が一体なぜ?
「チクワ嬢。俺は貴女の能力を高く評価している。ちくわの効率的な製造方法を開発したその手腕は称賛に値する。ぜひともその能力を我が国で役立てて欲しい。もちろん俺の妻となってもらったうえでだが」
「ナルト様の妻ってことは……」
「そうだ。ゆくゆくはラーセン国の王妃になってもらう」
さっきまで路頭に迷いそうになっていたのに王妃?
ちくわの効率的な製造方法っていっても、魚肉の練り物を竹に刺して焼くだけなんだけど……
だめだ、もう考えが追いつかなくなってきた。
「まったまった、僕だってチクワ嬢を狙っているんだよ?」
この優しい声は学園のアイドル、ササーカマ・ハッパー様!?
彼は声だけでなく行動も優しいと評判なのだ。そこに甘いルックスも加わり学園内に彼のファンクラブが出来るほどの人気がある。その彼がいったいなぜ?
「チクワ嬢の提案してくれた『ちくわの養殖』は画期的だったよ。僕は賢い女性に弱いって初めて知ったよ。ぜひ、僕と結婚してくれないかな?」
たしかに岩場での養殖方法を提案したけれど、それはハッパー領が海に面しているからそれとなく伝えただけだ。そんなに深い意味はなかったんだけど……
「最初に求婚したのは私なのだがな」
「だがチクワ嬢が受け入れたわけではあるまい」
「大事なのは順番よりも愛の深さじゃないかな」
あれ……私は婚約破棄されたはずなのに。男子3人がバチバチしています。
「待て! チクワは僕の婚約者だったんだぞ!」
不思議なことが起こりました。
なぜか元婚約者様まで参戦しようとしています。
「だった、だろう?」
「君が彼女を捨てたのだ」
「文句を言う資格なんてないよね?」
「…………」
あ……元婚約者は即刻退場のようです。
「いいか! 彼女は新魔法開発者でもあり、栄えある魔法騎士団の幹部候補だ」
「いやいや、未来の王妃候補だぞ」
「未来の領主夫人候補となってちくわで一儲けするんだよ」
「ならばおでんで決着をつけようじゃないか」
「いいね」
「望むところだ」
どうしましょう。
私を巡って、彼らは本気で戦おうとしています。
付き合いの深さではハンペーン様に分がある。彼は努力家でもあるので私とも合いそう気だし。
けどナルト様と結婚すれば王妃に……いやササーカマ様のとろけるような優しさも捨てがたい。
でも突然過ぎて誰と結婚するとか選べない。
私、どうしたらいいの?
「チクワ嬢、俺たちのおでん。ちゃんと見届けてくれ」
「あ……はい」
私も呆気にとられていたけれど、カマボーコ様たちも青い顔をして立ち尽くしているいみたいだった。
私の卒業パーティーは婚約破棄を経て、盛大なおでんへと変貌してしまったのだった。




