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二度目の夜明けを <第2章スタート>  作者: ret_riever
1章 革命の残り香 *1話〜15話

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もう一つの魔法

ルッツ10歳。国民学校で魔法基礎教育が始まります。

魔法の授業が始まったのは、十歳の春だった。


 国民学校の高等課程。初年度の最大の目玉が、魔法基礎教育だ。教室ではなく校庭に集められた生徒たちの顔は、誰もが興奮に紅潮していた。


 前世の記憶を持つ俺にとっても、魔法は未知の領域だった。この世界に生まれて十年、魔法という現象は見てきたが、自分で使ったことはない。書物で理論は学んだが、理論と実践は別物だ。


 正直に言えば、少し楽しみだった。


「いいか、お前たち」


 教官は退役軍人の中年男だった。右頬に深い傷跡がある。革命戦争を生き延びた世代だ。


「魔法とは、大気中の魔素を体内に取り込み、意志と術式で変換・放出する技術だ。才能の差はあるが、理論上はすべての人間が使える。これが我が共和国の根幹であり、革命の大義そのものだ」


 全員に使える。だから貴族の独占は不当だった。何度も聞いた建前だ。


「基礎から教える。まずは魔力の感知だ。目を閉じろ。呼吸を整えろ。体の中心に意識を集めろ」


 教官の指示に従い、目を閉じた。


 呼吸を整える。体の中心。腹の奥、みぞおちの少し下。


 最初は何も感じなかった。


 だが数分後、微かな温もりがあった。冬の日に日向に出た瞬間のような、ほのかな熱。それが腹の奥にある。


「感じたか? それが魔力だ。お前たちの中に生まれた時から存在する力だ」


 教室のあちこちから「感じた」「温かい」と声が上がる。


「次だ。その魔力を手に集めろ。腹から胸を通って、腕を通って、掌に流す。川を思い浮かべろ。源流から河口へ、上から下へ」


 俺は掌に意識を集中した。


 腹の温もりが、ゆっくりと胸に上がり、肩を通り、腕を下る。指先に達したとき、かすかな光が掌に灯った。


 薄い、橙色の光。蝋燭の炎よりも頼りない。


 周囲を見た。エミルの掌には、俺よりも強い光が灯っている。赤みが強く、揺らめきも大きい。他の生徒たちにも個人差があるが、エミルは明らかに上位だ。


 俺は、平均だった。突出した才能はない。魔力量も、感知速度も、制御の精度も、すべてが真ん中あたり。


「ルッツ、お前もうできたのか。さすがだな」


 エミルが隣で笑った。さすがではない。平均だ。だがエミルは友人の成功を自分のことのように喜ぶ人間だ。


「次は基礎術式だ。火弾(かだん)。魔力を圧縮して、前方に放出する。最も単純な攻撃魔法だ」


 教官が手本を見せた。


 掌を前に突き出し、短い詠唱。「火弾(かだん)」。


 圧縮された魔力が赤い球となり、前方に射出された。的にした木板に当たり、焦げ跡を残す。


 速い。力強い。大雑把だが、即座に戦力になる実戦的な技術。これが新式魔法(ノイエ)。革命の中で生まれた、平民の魔法だ。


 生徒たちが順番に試す。成功する者、失敗する者、暴発させる者。エミルは三回目で的に当てた。やはり才能がある。


 俺は五回目でようやく的に当てた。威力はクラスの中でも低い方だ。


 悔しいかと問われれば、そうでもない。前世の俺は何の才能もなかったのだから、魔法が使えるだけでも十分だ。


 ただ、少し物足りなかった。


 火弾を放つとき、魔力の大半が拡散しているのが分かる。掌から放出した瞬間、制御を離れて散ってしまう。的に届く頃には、最初の半分以下の魔力しか残っていない。


 これは、こういうものなのだろうか。


          ◇


 壁の近くでレナに会うようになって、二年が経っていた。


 月に数回、レナは壁の下の穴から出てくる。俺は東区画の裏路地で待つ。誰にも見られない場所で、一時間ほど話をして別れる。


 最初の頃、レナは警戒を解かなかった。何度目かの逢瀬で、ようやく「変なやつ」から「まあ、話せるやつ」に格上げされた。


 レナは頭がいい。隔離区の中で祖母から読み書きと歴史を教わっていて、知識の幅は国民学校の生徒よりも広い。ただし知識の内容が違う。俺たちが「革命の正義」を学ぶ間、レナは「革命以前の歴史」を学んでいる。同じ時代を、反対側から見ている。


 魔法の授業が始まったことを話すと、レナの表情が微かに変わった。


新式魔法(ノイエ)


 静かな声だった。


「力任せに魔力を圧縮して撃ち出す方法でしょう」


「知ってるのか?」


「祖母から聞いた。革命軍が使っていた魔法。荒削りだけど、短期間で習得できる。だから平民でもすぐに戦力になれた」


 レナは壁に背を預けて、空を見上げた。


「もう一つの魔法があるの」


「もう一つ?」


「見せた方が早い」


 レナが右手を持ち上げた。


 掌を上に向け、目を閉じる。


 変化は、すぐには起こらなかった。十秒、二十秒。何も起きない。授業で見た新式魔法のような速さはない。


 だが三十秒ほど経った時、掌の上に光が現れた。


 橙色ではない。淡い青白い光。揺らめきがなく、静かで、安定している。光は少しずつ形を変え、小さな蝶の姿になった。


 蝶は掌の上で羽ばたいた。


 光でできた蝶が、音もなく飛ぶ。俺の周りをひとまわりして、レナの掌に戻り、溶けるように消えた。


 声が出なかった。


 授業で見た火弾とは、まったく違う。あちらは力で殴りつけるような魔法だった。これは、繊細な細工物を組み立てるような魔法だ。


旧式魔法(アルテ)


 レナが言った。


「少ない魔力を精密に制御して、複雑な術式を組み上げる。新式のように速くはないし、派手でもない。でも、効率がいい」


「効率?」


「今の蝶、使った魔力はたぶん火弾一発の十分の一以下。少ない魔力で複雑なことができる。それが旧式の考え方」


 俺は腕を組んだ。前世の記憶が、一つの比喩を呼び起こす。


 新式は大型トラックだ。大量の燃料を使って、重い荷物を一気に運ぶ。旧式は精密機械だ。少ない電力で、複雑な作業をこなす。


 どちらが優れているとかじゃない。設計思想が根本から違う。


「すごいな」


「すごくなんかない。こんなもの、実戦では何の役にも立たない。蝶を飛ばしたところで、敵は倒せない」


 レナの声は平坦だった。


「祖母に教わったの。もう使う機会もないけど。隔離区では魔法の使用は禁止されているし、外に出ても旧式魔法を使えば正体がばれる」


「教えてくれないか」


 言葉が口をついて出た。考えるより先に。


 レナが目を丸くした。この二年間で初めて見る表情だった。


「なんで」


「さっき見てて思った。新式魔法(ノイエ)は魔力の大半を無駄にしてる。撃った瞬間に拡散して、届く頃には半分以下になってる。旧式の制御術を知ってたら、その無駄を減らせるんじゃないか」


 レナは数秒、俺を見つめた。


新式(ノイエ)旧式(アルテ)は別物よ。混ぜて使うものじゃない」


「混ぜちゃいけない理由はあるのか?」


「……誰もやったことがない、ってだけ」


「じゃあ、やってみる価値はある」


 レナは黙った。


 壁の向こうから風が吹いてきた。秋の、少し冷たい風だ。


「教えてもいいけど」


 レナは壁に寄りかかったまま、視線を逸らして言った。


「一つ条件がある」


「何だ?」


「同情でやるなら断る。『可哀想な隔離区の子に教わってあげる』なんて態度を取ったら、二度と会わない」


「同情じゃない。俺が教わりたいから教わるんだ。対等な取引だろ」


 レナの唇が動いた。今度こそ、笑った。小さく、ほんの一瞬だけ。


「変なやつ」


 二年前と同じ言葉だ。だが声の温度が、少しだけ変わっていた。


「じゃあ明後日、ここで。日が沈む前に来て」


「分かった」


 レナは壁の穴に向かって歩き出した。


「ルッツ」


 振り返らずに言った。


「旧式魔法は、簡単じゃないから。新式みたいに力任せにはいかない。覚悟しておいて」


「了解」


 レナの銀色の髪が壁の陰に消えた。


 俺は一人、裏路地に立っていた。


 掌を見下ろす。さっき授業で灯した、頼りない橙色の光を思い出す。そしてレナの掌の上で羽ばたいた、青白い蝶を思い出す。


 二つの魔法。二つの思想。二つの世界。


 前世の俺は、どちらか一つしか選べない人間だった。一つの仕事をこなすので精一杯で、別の可能性を考える余裕がなかった。


 でもこの人生では、両方に手を伸ばしてみてもいいのかもしれない。


 足りない才能を、工夫で埋める。


 それは前世のフリーター生活で、唯一身につけたことだった。

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