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二度目の夜明けを <完結済み>  作者: Studio SASAME
最終章 二度目の夜明けを *46話〜60話

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58/60

二度目の夜明けを

ルッツ20歳。すべての戦いが終わった朝、残った者たちが一つの場所に集まる。

瓦礫が積み上がった広場に、朝日が差し込んでいた。


 革命記念碑は半ばまで崩れ、母の名が刻まれた石板は地面に転がっている。碑文の金文字はひび割れ、「均等なる未来の礎」という一節が、皮肉のように朝の光を受けていた。


 俺はその石板の傍に座り込んでいた。立つ気力がなかった。


 体のどこが痛いのか、もう分からない。ヴェルナーとの戦闘で打たれた肋骨。ディートリヒの焔織(フラム)で焼かれた左腕。エミルの火弾(かだん)で裂けた額。傷のない場所を探す方が早い。


 ただ、生きている。


 それだけが、今の俺にある確かなことだった。


          ◇


 人が集まり始めた。


 最初に来たのはフランツだ。右腕を布で吊り、左手で壁を伝いながら歩いてきた。俺を見つけると、言葉もなく隣に座った。


 カスパーとヨハンが続いた。二人とも泥と血にまみれていたが、足はしっかりしている。


 テレーゼとマリアが地下から避難民を連れて戻ってきた。老人、子供、怪我をした女。全員ではない。全員を救えたわけではない。だが、生きている者がいる。


 そこに、別の顔が混じり始めた。


 体制軍の若い兵士が三人、剣を鞘に収めたまま歩いてきた。脱走ではない。停戦だ。ヴェルナーが剣を降ろしたことで、体制軍の指揮系統は崩壊していた。戦う理由を失った兵士たちが、武器を置き始めていた。


 反革命軍から離脱した者もいた。ディートリヒの敗北を見て、あるいはディートリヒの本質を見て、白い鷹の旗を捨てた者たち。五人、六人と、広場の端に集まっている。


 辺境から駆けつけた民もいた。ディートリヒにもヴェルナーにも属さなかった人々。灰色地帯で暮らす者たちが、混乱の終わりを聞きつけてやって来ていた。


 立場も出自もばらばらの人間たちが、一つの広場にいた。


 崩れた革命記念碑の周りに。


 誰も命令していない。誰もここに集まれとは言っていない。だが人は、嵐の後に広い場所を求める。瓦礫の中でも、空が見える場所を探す。それは人間の本能なのだろう。前世でも災害の後、公園に人が集まるのを見たことがある。


 レナが来た。


 ディートリヒの陣から救い出したとき、レナの手首には拘束の痕が残っていた。今もまだ赤い腫れが引いていない。だが歩みは確かだった。紫の瞳に涙はなく、ただ俺をまっすぐに見た。


「生きてたのね」


「約束しただろ。死なないって」


「約束を守る男は嫌いじゃないわ」


 レナが俺の隣に座った。肩が触れた。それだけで、体の痛みが少しだけ遠のいた。


 エミルが現れたのは、そのすぐ後だった。


 共和国軍の軍服は泥に汚れ、右の肩章が千切れていた。剣は腰にあるが、手は柄にかかっていない。


 体制軍の兵士たちが身構えた。反革命軍から離脱した者たちも警戒した。だがエミルは誰も見ていなかった。俺だけを見ていた。


「……ルッツ」


「ああ」


「終わったのか」


「終わった」


 エミルは立ち尽くしていた。泣いているのか笑っているのか分からない顔だった。前世で見たことがある。仕事を辞めた日の同僚の顔に似ていた。信じていたものを手放した人間の、行き場のない表情。


 俺は手を伸ばした。座ったまま、エミルの方へ。


「座れよ。立ってると目立つ」


 エミルの口元が震えた。何か言おうとして、声にならなかった。


 そのまま、俺の向かい側に座った。


          ◇


 日が高くなるにつれて、広場の人数は増えていった。


 五十人。やがて百人を超えた。すべてが味方ではない。すべてが理解者でもない。ただ、戦いが終わり、行く場所がない人間が、ここにいた。


 フランツが低い声で言った。


「こんな光景、見たことがない」


「俺もだ」


「体制の兵士と反革命の兵士と隔離区の住民が、同じ場所で座っている。昨日まで殺し合っていた連中がだぞ」


「殺し合う理由がなくなったからな」


「理由がなくなっただけで、恨みは消えていないぞ」


「分かってる」


 分かっている。この広場に漂う空気は、和解のそれではない。疲労と困惑と、行き場のない感情が入り混じった、名前のつかない空気だ。


 レナが口を開いた。静かな声だった。


「ルッツ。これからどうするの」


 その問いに、全員が耳を傾けた。声は大きくなかったが、瓦礫の広場には反響するものがなく、言葉がそのまま届いた。


 エミルが続けた。


「……国をどうするんだ」


 エミルの声は掠れていた。信じていた体制が崩壊し、戦う相手がいなくなった男の声だ。質問ではない。縋るような問いだった。


 二つの声が、俺に向けられていた。


 レナの問いは「あなたはどう生きるのか」。エミルの問いは「俺たちは何を信じればいいのか」。


 俺は立ち上がろうとした。体が軋んだ。肋骨が悲鳴を上げた。レナが手を貸そうとしたが、首を振った。


 自分の足で立たなければ、この先の言葉に重みがない。


 時間がかかった。崩れた石板に手をつき、膝に力を入れ、ゆっくりと立ち上がった。


 母の日記が、胸の内ポケットにある。ヴェルナーとの対峙で叫んだ最後の一節。あの言葉が、ここにある。


 広場にいる全員を見渡した。


 百人を超える目が、俺を見ていた。


 体制の兵士の目。反革命の兵士の目。隔離区の住民の目。辺境の民の目。誰の味方かも分からない俺を、それでも見ている。


 前世では、誰も俺を見なかった。コンビニのレジに立つ俺は透明だった。


 今、百を超える目が俺を見ている。この重さを、俺は引き受けなければならない。


 口を開いた。


「十五年前、革命が起きた」


 声は思ったより静かだった。拡声の魔法は使わなかった。使う必要がなかった。広場が静かだったから。


「母さんたちは戦った。貴族の支配を終わらせるために。すべての人間が等しく生きられる世界を作るために。その理想は、正しかった」


 体制軍の兵士たちが顔を上げた。革命の理想。彼らが信じていたもの。


「だが、その後に作られたものは何だった」


 声が低くなった。怒りではない。もう怒りは使い切った。残っているのは、事実だけだ。


「均等裁定院。忠誠で人間を選別する機関。隔離区。生まれた家で人生を閉じ込める壁。黎明作戦。革命の名で隣国を侵す戦争。母さんが命を懸けた革命は――こんなもののためじゃなかった」


 反革命軍の離脱者たちが、わずかに頷いた。隔離区の住民たちが、顔を上げた。


「あの革命は、夜明けなんかじゃなかった」


 声を絞り出した。


「まやかしの薄明だ」


 沈黙が広場を覆った。


 体制の兵士の一人が拳を握った。怒りか、悔しさか。革命を信じて戦ってきた人間にとって、この言葉は心臓を抉る。


 だが、否定できないのだ。均等裁定院が何をしてきたか。隔離区がどんな場所だったか。彼らの目は、今朝までそこで行われていた戦闘の痕を見ている。


 俺は日記を胸のポケットから出した。革の表紙は汚れ、ヴェルナーとの戦闘で血が染みている。だが中身は無事だ。


「母さんは、最後にこう書いた。『もしこの国が私の望んだものでなかったら――』」


 手が震えた。何度も読んだ一節だ。何度も声に出した。だが今日は違う。今日は、この言葉を継がなければならない。


「途切れている。母さんは、最後まで書けなかった。決戦の前夜に」


 日記を閉じた。胸に戻した。


「だから、俺が続きを書く」


 エミルが顔を上げた。レナが俺を見ていた。フランツが腕を組み直した。カスパーが歯を食いしばっていた。


「でも、夜明けを求めたこと自体は間違っていなかった」


 声が、少しだけ戻ってきた。


「母さんも。親父も。エミル。レナ。フランツ。カスパー。ここにいる全員。みんな明日を求めて生きてきた。貴族だった者も、革命の子だった者も、壁の中にいた者も、辺境にいた者も。誰もが、もう少しましな朝を望んでいた」


 広場の空気が変わった。敵意ではない。警戒でもない。言葉を待っている空気だった。


「だから――」


 息を吸った。朝の空気が、焦げた匂いを含んだまま、肺を満たした。


「二度目の夜明けを、今度は俺たちの手で」


 声が、瓦礫の広場に響いた。


 沈黙。


 長い沈黙だった。


 最初に動いたのは、カスパーだった。壁の中で生まれ、壁の外を知らずに育った少年が、ゆっくりと頷いた。


 フランツが続いた。腕を組み直すでもなく、ただ一度、深く頷いた。


 レナは頷かなかった。代わりに立ち上がり、俺の隣に立った。言葉はなかった。だが、それが答えだった。


 エミルは俯いていた。長い間、俯いていた。体制を信じ、革命を信じ、その信仰が崩れた男が、新しい言葉を受け入れるには時間がかかる。


 だがやがて、エミルは顔を上げた。


 目が赤かった。


「昔みたいに、か」


「ああ。昔みたいに」


「……昔の俺たちは、もっと馬鹿だったぞ」


「今も十分馬鹿だ」


 エミルの口元が歪んだ。笑おうとして失敗したような顔だった。だが、頷いた。


 一人、また一人。


 体制の兵士が頷いた。反革命の離脱者が頷いた。隔離区の住民が頷いた。全員ではない。頷かない者もいる。疑いの目もある。反発の目もある。


 だが、沈黙の中に、小さな風が吹き始めていた。


 朝日が広場を照らしていた。崩れた記念碑の影が、長く伸びていた。


 母さん。


 あなたの書けなかった言葉の続きを、俺は今日、ここで書いた。


 正しかったかどうかは分からない。うまく言えたかも分からない。


 だが俺は、二度目の人生で、二度目の夜明けを掲げた。


 最初の夜明けよりましなものになるかどうか、それはこれからの話だ。

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