壁の向こう
ルッツ8歳。首都エルステモルゲンの東区画にある「壁」に近づきます。
この街には、壁がある。
八歳になった俺は、その壁の存在をはっきりと認識するようになっていた。
首都エルステモルゲンの東区画。商店街が途切れ、住宅が疎らになった先に、灰色の壁が立っている。高さはおよそ四メートル。石と煉瓦を積み上げた、飾り気のない構造物だ。
壁の手前には監視詰所があり、共和国軍の兵士が常駐している。といっても、大抵は退屈そうに椅子に座って新聞を読んでいるだけだ。壁を越えようとする者など、滅多にいないのだろう。
この壁が何のためにあるのか、学校では教わらない。
大人に訊くと、決まって同じ答えが返ってくる。
「旧い血の住む場所だ。近づくな」
旧い血。旧貴族。革命で打倒された魔導貴族と、その末裔たち。
歴史の授業で教わる限りでは、彼らはこの国を搾取し、平民を虐げた支配者だった。革命によって権力を剥がされ、「再教育」のために指定区画に収容されている――という建前らしい。
再教育。
前世の記憶が、その言葉に反応する。歴史の教科書で読んだことがある。再教育、矯正施設、保護区画。言葉が綺麗なほど、その実態は暗い。
だから俺は、自分の目で確かめることにした。
◇
壁に近づくための準備は、意外と簡単だった。
放課後、エミルたちと広場で遊んだ後、一人で東区画に向かう。監視詰所の兵士の交代時間を何日か観察し、引き継ぎで注意が逸れる時間帯を割り出した。
前世で身についた技術だ。コンビニの防犯カメラの死角を把握するのと、原理は変わらない。盗みを働いたことはないが、死角がどこにあるかは自然と分かるようになっていた。
壁の北側に、煉瓦が崩れかけた箇所がある。隙間は子供の頭が通るほど。そこから向こう側を覗いた。
最初に目に入ったのは、荒れた建物だった。
壁のこちら側は石造りの堅固な家が建ち並び、道は整備され、花が飾られている。向こう側には、同じ石造りの建物があった。だがどれも壁が剥がれ、窓は割れ、屋根の一部が崩れている。修繕された様子がない。修繕する資材が与えられていないのだろう。
次に目に入ったのは、人だった。
通りを歩く人々は、こちら側の住人と同じ顔立ちをしている。当たり前だ。十五年前までは同じ国に住んでいた人間たちなのだから。
だが服が違う。色褪せた、繕いだらけの衣服。こちら側でも裕福とは言えない家庭はあるが、あそこまでの窮乏は見たことがない。
そして、子供がいた。
路地で遊んでいる。棒きれを振り回して笑っている子供たち。年齢は俺と同じくらいか、少し上だろう。
その中の一人が、こちらを見た。
壁の隙間から覗いている俺と、目が合った。
少女だった。銀色の髪を無造作に束ねた、痩せた少女。服は擦り切れていたが、背筋はまっすぐ伸びている。
少女の目は、警戒の色をしていた。壁のこちら側の人間に対する、当然の警戒。
俺は何も言わず、視線を外した。そしてゆっくりと壁から離れた。
今日は、見るだけでいい。
◇
それから何度か、同じ場所に通った。
向こう側の暮らしが、少しずつ見えてくる。
配給があるらしい。定期的に軍の荷車が壁の門から入り、食料と思しき木箱を下ろしていく。だが量が少ない。あの人数を養うには、明らかに足りていない。
働いている人間も見えた。壁の内側で、何かの内職をしている大人たち。だが外に出て働くことは許されていないようだ。
子供たちは遊んでいる。走り回り、笑い、喧嘩をし、泣いている。どこにでもいる子供たちだ。
ただし、学校はない。
こちら側では七歳で国民学校に入り、読み書きと算術と歴史を学ぶ。向こう側には、それがない。この国が誇る「万人への教育」は、壁の向こうには届いていない。
前世の記憶が、また一つの場面を呼び起こした。
深夜のコンビニに来る客の中に、ホームレスの老人がいた。毎晩、百円の缶コーヒーを一本だけ買って、イートインスペースで夜を明かそうとする。店長は「営業妨害だ」と追い出した。俺は何も言わなかった。
彼は社会から壁の向こうに追いやられた人間だった。目に見える壁はなくても、見えない壁は確かにあった。
あの時と、今見ている光景の違いは一つだけだ。
ここでは壁が見える。灰色の煉瓦で積み上げられた、物理的な壁として存在している。
見えない壁より、見える壁の方がたちが悪い。見えない壁は気づかないふりができる。見える壁は、わざわざ作った証拠だ。誰かが意図的に、人を分けることを決めたという証拠。
社会の底辺に落とされた人間が、どう扱われるか。
俺は知っている。
見て見ぬふりをされるのだ。壁のこちら側の人間は、向こう側を覗かない。覗かなければ、存在しないのと同じだ。かつての俺がそうだったように。コンビニのレジの向こう側で、何が起きていても見ないふりをしていた。
だが今、俺はこの隙間から覗いてしまった。
見てしまった以上、見なかったことにはできない。
それが前世と今世の、たった一つの違いだ。
◇
家に帰り、夕食の席で父に訊いた。
「父さん。東区画の壁の向こうには、誰が住んでいるの?」
七歳の質問にしては不自然ではないはずだ。子供は壁があれば向こう側を気にする。
父の箸が止まった。
一瞬の沈黙。それから父は、慎重に言葉を選ぶように言った。
「昔の……貴族の人たちだ。革命の前、この国を治めていた人たち」
「どうしてあそこにいるの?」
「革命で……立場が変わったんだ。今は共和国が面倒を見ている」
面倒を見ている。あの荒れた建物、足りない配給、学校のない子供たち。あれが「面倒を見ている」。
父は嘘をついている。いや、嘘ではないのかもしれない。「面倒を見ている」の定義が違うだけだ。最低限の食料を与えて死なせないこと。それを「面倒を見ている」と呼ぶなら、嘘ではない。
だが父の目は、壁の向こうの実情を知っている目だった。
戸籍管理局の官僚だ。誰がどこに住んでいるか、管理しているのは父の職場だろう。壁の向こうの住人の名簿も、父の手元にあるはずだ。
知っていて、黙っている。
責めるつもりはなかった。前世の俺も同じだったのだから。見て見ぬふりは、生きるための技術だ。正義感で飯は食えない。
ただ、父が黙っている理由は、俺とは違うのだろう。
俺は無関心だった。前世では、他人の不幸に構うだけの余裕がなかった。
父は違う。父は関心がある。知っている。そして、それでも何もしない。
なぜか。
たぶん、母のためだ。
母が命を懸けた革命を、否定できないのだ。革命が作ったこの体制を、革命の英雄の夫として否定することは、母の死を否定することになる。
八歳の俺には、まだ確信はない。だが仮説としては、筋が通っている。
「ルッツ」
父が言った。その声には、珍しく厳しさがあった。
「あの壁には近づくな」
俺は頷いた。
頷いたが、従うつもりはなかった。
壁の向こう側に、あの銀色の髪の少女がいる。
彼女が何者かは知らない。だが、あの目を覚えている。
俺を見て、警戒した目。壁のこちら側の人間を、信用していない目。
そして――壁の向こう側から、こちらを真っ直ぐに見返してきた目。
その目が、なぜか頭から離れなかった。




