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二度目の夜明けを <最終章開幕>  作者: ret_riever
2章 均等の裏側 *第16話~第30話

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亀裂・後

ルッツ18歳。エミルとの模擬戦。

模擬戦の機会は、思いがけない形で訪れた。


 裁定院の警護部門と共和国軍の精鋭部隊が合同で行う連携訓練。年に二回実施される定例行事で、実戦を想定した模擬戦形式の演習だ。警護部門は普段、書類仕事と巡回が中心のため、練度維持のためにこうした場が設けられている。


 鉄鷲からも数名が参加すると聞いた時、嫌な予感がした。


 予感は的中した。


「おう、ルッツ。また会ったな」


 訓練場でエミルが手を上げた。三日前に食堂で別れたばかりだ。


「視察のついでか」


「ついでじゃない。むしろこっちが本命だ。鉄鷲の連中と裁定院の警護隊がどれだけ連携できるか、上が見たいらしい」


 エミルの軍服には、鉄鷲の紋章が縫い付けられていた。交差する二本の剣の上に翼を広げた鷲。精鋭の証。


 訓練場には四十人ほどが集まっていた。裁定院の警護部門から二十名、鉄鷲から十名、その他の部隊から十名。


 クルト班長が組み合わせを読み上げる。


「午後の個人戦模擬、第三試合。裁定院警護部門、エーベルハルト対鉄鷲所属、リヒター」


 エミルと目が合った。


 エミルは笑っていた。だがその笑みの奥に、先日の食堂での会話の続きが見えた。


 言葉で聞けなかったことを、別の方法で確かめようとしている。


          ◇


 模擬戦のルールは単純だった。


 新式魔法(ノイエ)の攻撃は威力を三割に制限。強化魔法は五割。当たりどころが悪ければ痛いが、死にはしない。審判が戦闘不能と判断した時点で終了。または、どちらかが降参を宣言するまで。


 訓練場の中央に円形の闘技場が描かれている。直径は二十メートル。円から出れば失格。


 俺とエミルが円の中に入った。


 周囲の兵士たちが静かになった。エーベルハルト。リヒター。二つの名前の重みを、この場にいる人間は知っている。革命の英雄の息子と、鉄鷲の精鋭。


 五メートルの距離を挟んで向き合った。


 エミルの構えは正統派だった。両足を肩幅に開き、右手を前に出す。新式魔法(ノイエ)の火系統における基本構え。攻撃の起点を右手に集中させ、左手で補助術式を構築する。


 教科書通りだ。だがエミルの場合、教科書通りであることが強さの証だ。基本を極めた人間は、基本の中に無限の応用を見出す。


 俺も構えた。同じく新式の標準構え。混成(ミッテ)を隠すために、ここ二年間ずっとこの構えで通してきた。


 審判の腕が上がった。


「始め」


 腕が振り下ろされた瞬間、エミルが動いた。


 速い。


火弾(かだん)!」


 赤い光球が真っ直ぐに飛んできた。訓練所時代とは比べものにならない速度と精度。三割制限でもなお、空気が焦げる匂いがする。


 俺は右に跳んで回避した。迅駆(じんく)で足に魔力を流し、瞬間的に加速する。火弾が背後の地面を焼いた。


 間髪を入れず、二発目が来た。


 今度は避けず、地壁(ちへき)を展開した。足元の石畳が隆起し、盾を作る。火弾が地壁に当たり、砕けた石の破片が散った。


 破片を盾にして距離を詰める。右手に魔力を集中し、反撃の火弾を放った。


 エミルは火弾を片手で弾いた。


 弾いた。素手で。


 鉄身(てっしん)を右手だけに集中させ、火弾の威力を相殺している。三割制限だからこそ可能な芸当だが、それでも魔力の制御精度が桁違いだ。


「その程度か、ルッツ」


 挑発ではない。純粋な感想だ。


 エミルの火系統魔法は正統派の極みだった。火弾(かだん)一発の威力だけでなく、連射速度が凄まじい。三発、四発、五発。途切れることなく火球が飛んでくる。一発一発が正確に俺の動きを先読みし、逃げ道を塞ぐように配置されている。


 連火弾(れんかだん)。ただの連射ではない。一つ目で退路を断ち、二つ目で足を止め、三つ目で当てる。戦場で培った実戦的な射撃術だ。


 俺は地壁と迅駆を組み合わせて凌いだ。壁を立てて弾き、足に魔力を通して位置を変え、石畳の破片を蹴り上げて視界を遮る。


 だが防戦一方だった。


 攻撃の手数が違う。エミルの火系統は魔力の流れが一本道で、無駄がない。新式の設計思想そのもの——大量の魔力を最短距離で放出する。蛇口を全開にしたような奔流。


 俺の新式は、エミルほど純粋ではない。


 二年間、裏で旧式魔法(アルテ)の技法を学んできた影響で、魔力の流し方に癖がついている。新式の術を使う時にも、無意識にアルテの回路を通してしまう。結果として威力は上がるが、速度がわずかに落ちる。


 そのわずかな差が、エミルとの戦いでは致命的だった。


          ◇


 七発目の火弾が、地壁の側面を回り込んで飛んできた。


 回避が間に合わなかった。


 咄嗟に両手を前に出した。


 ——体が勝手に動いた。


 鉄身(てっしん)ではない。両手の前に展開されたのは、薄い膜のような障壁だった。一枚ではない。三枚。重なり合って、わずかにずらして配置された多層の壁。


 鉄帳(フォアハング)


 旧式魔法の防御術。多層構造の障壁を展開し、衝撃を段階的に吸収する技法。新式の地壁(ちへき)が「硬さで弾く」のに対し、旧式の鉄帳は「柔らかさで受け止める」。


 火弾が最初の層に当たった。吸収。二層目に衝撃が伝わる。減衰。三層目で完全に消える。


 新式の火弾を、完全に吸収した。


 残留する熱も衝撃もない。水が砂に吸い込まれるように、火弾の魔力が障壁の多層構造に溶けて消えた。


 静寂が訓練場に落ちた。


 観客の兵士たちが、何が起きたのか理解するまで数秒かかった。あれが新式の地壁(ちへき)鉄身(てっしん)とは明らかに異なる術式だということに気づいた者が、ざわめきを起こした。


 エミルの目が見開かれていた。


 攻撃の手が止まっている。火弾を構えた右手が、半ばで固まっている。


 俺は自分が何をしたか、一拍遅れて理解した。


 やってしまった。


 追い詰められて、無意識に旧式の技法が出た。体に染み付いた動作が、思考を飛び越えて発動した。


 レナの祖母ヘルミーネから教わった基礎理論。それをもとに自分で組み上げた術式。鉄帳の応用——衝撃吸収に特化した多層障壁。


 二年間隠してきたものが、一瞬で露呈した。


 だが戦闘は続いている。


 俺は思考を切り替えた。今さら隠しようがない。であれば、この試合を終わらせることに集中する。


 反撃に転じた。地壁で足場を作り、迅駆で距離を詰める。新式の技法で。あくまで新式で。


 だがエミルも切り替えた。


 初動の驚きから復帰したエミルが、火力を上げた。烈火衝(れっかしょう)。近距離で爆発的に放出される火系の制圧術。三割制限でも、至近距離では体がよろける。


 俺は吹き飛ばされ、地面を転がった。すぐに起き上がったが、エミルはすでに次の攻撃態勢に入っている。


 連火弾(れんかだん)の波状攻撃。さっきよりも苛烈になっている。感情が乗っている。怒りではない。確かめたいのだ。


 俺の防御を崩して、もう一度あの術を出させようとしている。


 歯を食いしばった。


 新式だけで凌ぐ。地壁(ちへき)を立て、鉄身(てっしん)で衝撃を受け、迅駆(じんく)で回避する。旧式は使わない。


 だがエミルの攻撃は止まらない。


 八発。九発。十発。火弾の密度が上がり、地壁を立てる間もなく次が来る。


 十一発目が肩を掠めた。鉄身で硬化していた部分に当たったため傷はないが、衝撃で体勢が崩れた。


 十二発目。腹部への直撃。


 鉄身が間に合った。だが衝撃で息が詰まる。膝が折れた。


 膝をついた状態で顔を上げると、エミルが三メートル先に立っていた。


 右手に火弾を構えている。三割制限の赤い光が、エミルの顔を照らしていた。


「それまで」


 審判の声が響いた。


「戦闘不能判定。勝者、リヒター」


 エミルの火弾が消えた。


 俺は膝をついたまま、荒い息を吐いた。


 負けた。僅差ではなかった。あの一瞬の旧式の露出がなければ、もう少し粘れたかもしれない。だが純粋な火力と速度では、今のエミルには届かない。


 エミルが手を差し出した。


 俺はその手を取って立ち上がった。


          ◇


 訓練場の端。


 水桶の横に座り、汗を拭いていた。


 エミルが隣に来た。勝者の顔をしていなかった。


 しばらく黙っていた。他の兵士たちは次の試合の準備に移っており、この一角には俺たちしかいない。


「ルッツ」


「何だ」


「お前の魔法、変だぞ」


 来た。


「あの防御。新式じゃない」


 否定しなかった。否定する意味がない。あの場にいた人間なら、誰でも気づいている。


「あの障壁、多層構造だった。新式の地壁(ちへき)は一枚板だ。衝撃を弾くか砕けるかの二択で、吸収なんてしない」


 エミルの分析は正確だった。この男は実戦の中で魔法の原理を体得している。教科書の知識ではなく、何百発もの火弾を撃ち、何百回もの防御を破ってきた経験から導き出した理解だ。


「あれは、吸収していた。魔力を受け止めて、層の中で減衰させていた。新式にはそんな概念がない」


 一拍の間。


「どこで覚えた」


 俺は黙った。


「まさか」


 エミルの声が低くなった。


旧式魔法(アルテ)か?」


 沈黙が答えだった。否定しないことが、肯定になっている。分かっていた。だが嘘をつく気にもなれなかった。


 エミルの顔から表情が消えた。怒りでも悲しみでもない。理解が追いつかない時の、空白の顔だ。


「……嘘だと言ってくれ」


 声が掠れていた。


「お前が旧い血の魔法を使ってるなんて」


「旧いも新しいもない」


 口を開いたら、言葉が出た。


「魔法は魔法だ」


 エミルの目が、俺を見た。


 あの曇りのない目が、曇っていた。初めて見る表情だった。


「魔法は魔法、か」


 エミルの手が握り拳を作り、そしてゆっくりと開いた。殴りたかったのか、それとも何かを掴もうとしたのか。


「お前、いつからだ」


「何が」


「旧式を使い始めたのは、いつからだ。訓練所の時にはもう、変な魔法を使ってたよな。あの的撃ちの時」


 記憶力がいい。本当に。


「俺の魔法の使い方が変だったのは、もっと前からだ。子供の頃から」


「子供の頃から。じゃあ、あの壁の向こうの——」


 エミルの目がさらに険しくなった。十四歳の時の記憶が繋がっている。俺が「旧い血」の少女と付き合っていると知った日。


「旧貴族に教わったのか」


 否定しなかった。


「何を考えてるんだ、お前は」


 エミルの声が大きくなりかけて、周囲を気にして抑えた。奥歯を噛む音が聞こえた。


「旧式を使ってることがバレたら、どうなるか分かってるのか。旧い血との通牒。旧式魔法の不法習得。裁定院にいる人間がそれをやるってことは——反逆だぞ」


「反逆か」


「反逆だよ。法律上も、実質的にも」


 エミルの言葉は正しい。共和国法において、旧式魔法の習得は届出制だが、旧貴族からの直接伝授は「旧体制の復活に資する行為」として禁止されている。裁定院の人間がそれに手を染めていれば、反逆罪の構成要件を満たす。


 正しい。法的には正しい。


 だがその法律自体が、俺が問題だと考えているものの一部だ。


「エミル」


「何だ」


「お前に一つだけ聞きたい」


「聞けよ」


「魔法に、旧いも新しいもあるのか」


 エミルが黙った。


「火は火だ。どんな術式で放っても、燃える温度は同じだ。水は水だ。旧式で操ろうが新式で操ろうが、同じ水だ。術式の組み方が違うだけで、魔法の本質は変わらない。それなのに、片方を禁じる理由は何だ」


「それは……秩序のためだ。旧式を野放しにしたら、反革命に利用される」


「利用されるかどうかは、使う人間の問題だ。技術の問題じゃない」


「技術の問題じゃなくても、法は法だ」


「その法を作ったのは誰だ」


 エミルが口を閉じた。


 この先を言えば、取り返しがつかない。


 俺はそれ以上言わなかった。


 エミルも、それ以上聞かなかった。


 二人の間に、目に見えない線が引かれていた。


 七歳の時にエミルが差し出した手。十六歳の卒業式で握った手。その手の温もりが、今この瞬間、冷えていくのが分かった。


「……俺は、お前を密告したりしない」


 エミルが、低い声で言った。


「十四の時も密告しなかった。今回もしない。お前は俺の友人だ」


「ありがとう」


「でも」


 エミルが立ち上がった。俺を見下ろす目は、もう曇っていなかった。曇りの代わりに、硬い光が入っていた。


「お前がどこに向かってるか、俺にはわからない。わからないけど、お前の道と俺の道が重なるところが、どんどん減ってる気がする」


 返す言葉がなかった。


 エミルの背中を見た。訓練場を横切っていく広い背中。


 あの背中を追いかけることは、もうできないのだと分かった。


          ◇


 その夜、宿舎の自室で天井を見つめていた。


 模擬戦の再生が頭の中で回っている。だが考えているのは戦闘の内容ではなかった。


 エミルの目だ。


 あの最後の硬い光。あれは敵意ではない。覚悟だ。友人が敵になるかもしれないという可能性を、初めて本気で想定した人間の目だ。


 俺がエミルの立場だったら、どうしただろう。


 信じていた国の仕組みの中で出世し、仲間と共に命を懸けて戦い、国を守る誇りを持っている。そんな中で、最も近い友人が敵側の技術を使っていると知ったら。


 たぶん、同じ目をする。


 エミルは間違っていない。自分の信じるものを守ろうとしているだけだ。


 俺も間違っていないと思いたい。見えたものを見なかったことにできないだけだ。


 だが、「どちらも間違っていない」では済まない。いずれ、選ばなければならない時が来る。


 母さんはそれを知っていたのだろうか。ヴェルナーと決裂した時、何を思ったのだろうか。


 かつての戦友が敵に変わる瞬間を、母も経験したのか。


 天井の染みを見つめながら、眠れない夜が過ぎていった。

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